隠れ森のニジイロトカゲ
序 光の街のものの定め
光の街。
そう呼ばれる街がこの世のどこかに存在します。
光の街は天から降りて来て働く天使たちや、自然の中に暮らす妖精たちが、動物たちのけがれた社会から放れて寛ぐ街です。
そこには多くの“光の街のもの”という、特別な使命を負った者たちが住んでいます。
その中でも、他の光の街のものたちとは、少し違った使命を持ったトカゲがいました。
下界に降りて学ぶはずのものが、汚れた下界の空気によって本当の姿や使命を、その記憶から失ってしまった光の街のものに、“再び本来の記憶を呼び戻す者”それが、隠れ森に住んでいるニジイロトカゲなのです。
ニジイロトカゲは、自分自身は生涯にたったの1度だけしか“光の街”へ帰ることは出来ません。
そして光の街へと繋がる、隠れ森の番人でもあるニジイロトカゲは、彼本来の姿のままでは、一歩もたりとも隠れ森から出ることは許されません。
彼が“光の街”へ帰るには、果たすべき使命の記憶が戻った“光の街のもの”が、ニジイロトカゲの掛ける虹の橋に乗れるだけ、彼に思いを抱いたときにだけ、一緒に“光の街”へと帰ることが出来るのです。
そしてもし、そんな相手が見つからなかった時には、ニジイロトカゲはその虹色の色を失って、消滅してしまうのでした。
ニジイロトカゲがいなくなれば、記憶を失った“光の街のもの”たちは、もう光の街へ帰ることも出来なくなってしまいます。
そんなことになれば、寛ぎにやって来た天使たちや妖精たちを持て成して、癒したり楽しませたりする者がいなくなります。
いえいえ、それ以上に恐ろしいことが起こるかもしれません。
番人のいなくなった隠れ森を通って、人間という、とても身勝手で不作法な動物が、下界と同じように“光の街”を壊しにやって来るかも知れないのです。
だからニジイロトカゲには、陶器のカラダを持つ人喰いトラにだけは、その姿を変えて宿ることが出来るという、特別な能力が備わっているのです。
その能力のおかげで人間たちも恐れて、決して隠れ森には近寄らないし、ニジイロトカゲの思いも、相手に伝えることが出来るのです。
生涯にたったの1度だけしか、“光の街”へ帰れないニジイロトカゲです。
どのような状況が及したことだとしても、彼がはじめて同調した相手へのその思いは、彼が消滅しない限り、永い年月を経ても消えることはないのです。
だから・・・
隠れ森の番人を勤めながら、幾年超えてもニジイロトカゲは、思いを伝えるべき相手を探すのでした。
作品名:隠れ森のニジイロトカゲ 作家名:天野久遠