R-18の黙示録
ふとその郵便屋に既視感を覚える。顔は見えないが、
そのシルエットから判断すると女のようだった。
エスコートは車内で身を乗り出しながら彼女を凝視する。
「・・・オリヴァー、」
そうだ。オリヴァーだ。
彼女は部屋の中から出てきた男にサインを受け取ると、階段を下りようと振り返った。
しかし先程の部屋で何か音でもしたのか、意識がそちらへ向いたときだ。
その部屋の中から小さく衝撃音がしたかと思うと、
直ぐにドアを破って爆発が外へ広がったのである。
「オリヴァー!」
アパートと車の距離は少し離れている。
慌ててそこまで車を着けると、彼女の姿を探した。
オリヴァーは最初の衝撃音で咄嗟に逃げたのか、階段の裏に身を隠していた。
彼女がエスコートの姿を捉えると、驚きが露になった。
「・・・スコール」
周囲の騒がしい音が全てスコールの世界から消え去り、
ただ彼女の声だけが彼の心臓へ真っ直ぐに届いた。
+++++女性の囀り、魅惑の呼び声+++++
爆発の原因はオリヴァーの届けた配達物だった。どうやら小包爆弾だったらしい。
依頼主夫妻の息子はその爆発で死んだが、エスコートにとってそれはどうでも良かった。
調査代は割安で受け取って、適当に銀行へ振り込んだ。
大事なのは目の前にいる彼女だけだ。
事件から数日の間警察からの質問攻めにあったものの、
彼女と二人きりで話す時間はとることが出来た。
「なんで何も言わずにいなくなった」
「お前は遠征中だった。私の後に就く人間は直ぐに決まったし、
だから軍を辞めた。それだけだ」
「辞めるほどの怪我だったのか」
「そうだ」
「・・・なあ女神」
「何だ」
「俺が怒ってるの、わかるか」
「ああ」
「じゃあ理由は」
「・・・不明瞭だ」
「ならどう考える?」
「・・・私はもうお前の上司じゃない」
「そうだな」
「頼まれても殴らないぞ」
「わかってるさ。しかし女神、残念ながら不正解だ」
オリヴァーの目が純粋に彼を捕らえた。
「俺が欲しかったのはアンタの拳でも足でも鞭でもない。アンタ自身だ」
「・・・お前を試した」
「知ってる」
「何故そうまでする」
「アンタを愛してるからだ。アンタ以外の人間は必要ない」
オリヴァーの肩を包んだ。
彼女の細い手が、エスコートの腰にまわる。
「あんたの名前が知りたい」
「・・・ガーデス」
「ガーデス・ロセッティだ、エスコート・ウッドゲイト」
+++++たわわに実った甘い果実+++++
ガーデスの髪の毛は二年前よりも大分伸びていた。
それなりに女らしい格好もしているし、激しいトレーニングも止めたおかげで
身体の曲線はより滑らかになった。
彼女が軍を辞める切欠となった負傷は片腕の複雑骨折だったらしく、
握力が著しく下がったことが理由だった。
治まりつつあった外国での抗争干渉に赴いた際に負ったという。
頭も切れる彼女なのだから参謀に回っても良かっただろうに、
ガーデスはそれをよしとはしなかった。
彼女の中の何かがそれを許さなかったのだろう。
とにかくオリヴァー、いやガーデスは、
女として人間を惹きつけるような女色を放つようになっていた。
しかし内面的彼女はほぼ変わらないと言ってよかった。
男の仮面を外しても、彼女の性格に根付く男性的要素は残っている。
エスコートの憔悴しきった顔を寝台の上で間近に見た彼女は、
極僅かに口元を緩めて笑った。
細まったその瞳に喜びが含まれているのを、
エスコートは決して自惚れでは無いと考えた。事実そうだ。
向かい合って座った姿勢から彼女を仰向けに変えて覆いかぶさる。
彼女の肌もまた綺麗になった要素の一つだ。ストレスに塗れたあの組織では、
彼女の肌は白くてもなかなか輝かなかった。
今のように体温と感触が相互作用してより欲求を掻き立てられることも
無かったのである。
今の濡れた唇では昔の彼女と重なりにくかったが、エスコートは同じように、
いやそれ以上に愛でた。
彼女の全てを改めて愛した。
最初は耳に残った布擦れの音も彼女の声が掻き消した。
風の無い部屋でただ上がるだけの二人の体温がお互いを汗ばませた。
二人の中に溜まっていた共通する感情が爆発し溶けたのは、その時のことだった。
「なあ女神」
「なんだ」
「一緒に暮らさないか」
「そうだな」
(完)