R-18の黙示録
+++++束縛と隷属と屈服の果ての先+++++
新しい上司になった。何度目かと問われればまあ、数え切れないとでも言うべきか。
一年の間に数えるのも面倒になるくらい所属が変わった。
しかしその責任は自分にある。
無能として上司間で有名になるほどこの男は働かなかった。
しかし何故解雇されないのか。
それは彼の秘めた能力にあった。彼は気まぐれを起こすと途端に働いた。
しかしそれは戦場に限り、文面に向かうと途端に匙を投げた。
上官達はこの男の使い方を考えたがそれは徒労に終わり、
そして最後の上官を選んだ後にそれで駄目だったら解雇しようと
本人には伝えずそう決めたのだった。
その上官が特務機関所属、オリヴァー・アダムスである。
オリヴァーはさほど高い位の軍人では無かったが、
部下に対する対応から恐怖教育をする者として名高かった。
「オリヴァー?」
「そうだ」
「へえ・・・似合わないな」
「苗字で呼べばいい」
「アダムス上官。・・・それも微妙だ」
「人の名にケチをつけるとは大概無礼な人間だな」
「それは失礼。しかし違和感が拭いきれん」
「どんな違和感だ」
「アンタにそぐわない」
オリヴァーの片眉が綺麗につりあがった。
男が初めて人を美しいと思ったのはその時だ。
「・・・なら好きに呼べ」
「そうだな、じゃあ『女神』でどうだ」
「・・・」
「アンタ、女だろう。そして偽名」
オリヴァーの双眸が男を捕らえた。男の背筋が震える。
短い襟足にオールバック。きっちり着こなした軍服。
腰周りに女特有のくびれは見えない。胸もわかりにくい。
肌は白く首は細めだが、男にだってそんな特徴を持つ人間はいる。
しかし男は断言した。
「好きに判断しろ、エスコート・ウッドゲイト」
お前が働くのなら他はどうでもいい。
+++++汚れた靴で踏み躙れ+++++
オリヴァーは働かないエスコートに対し、毎度叱咤と共に拳を振るった。
虫の居所が悪いときには足で男の股間を捻り潰した。
しかし男の仕事は一向にはかどらなかった。
そこでオリヴァーはやり方を変えた。
「お前、またしくじったのか」
「ええ、すんません」
「・・・次はがんばれよ」
そして微笑んだのである。
この対応に流石のエスコートも驚きを隠せないでいた。
あの恐怖教育者が。あのオリヴァー・アダムスが。
仕事を損なった部下に対し、優しく微笑んだのである!
「・・・風邪でも引いてるんじゃないかい」
「まさか」
「じゃ、これから天変地異でも起こるか」
「しばらくはないだろう。ただ私はこう言いたいだけだ、ウッドゲイト」
「?」
「褒美が欲しいなら仕事を為せ」
痛みが欲しいならくれてやろう、お前が私の要求に応えるのであれば。
+++++潔癖に清潔なブラウス+++++
すっかり有能になった年上の部下を、オリヴァーは無自覚で気に入っていた。
オリヴァーは女だ。
しかし不完全な実力主義のこの社会で、オリヴァーの性別は不利だった。
体裁から入る人間にしてみれば、彼女は最初から無力なのである。
そういう人間が上にいれば彼女の出世は難しかった。
そこで彼女は性別を偽った。今でも大半が彼女を彼としてしか知らない。
ある程度の実力を上に見せ付けた所で、彼女はただ数名の上司にだけ自分を明かした。
彼女が彼女であることを知っているのは、それを受け入れた上官たちと
たった一人の女軍医である。
女軍医もまた公に自分の性別を明かしていないが、
彼女達は唯一女としての会話を出来る仲であった。
しかしその者達にも明かしていない更なる彼女を、
エスコート・ウッドゲイトはたった今暴こうとしている。
彼はあれ以来ずっと彼女に迫っていた。
誰にも口外しなかったが、彼は彼女が彼女であると完全に見抜き、
確信していたのである。
だが彼にとって彼女が女であることは二の次であったのもまた確かだった。
彼は男も女も口説ける性質だ。幸か不幸か、男相手のセックスは経験が無かったが。
彼女の壁は分厚かった。
それを地道な努力で(今までのエスコートでは考えられなかったことだ)
(日常会話から入り何度も食事を断られ、
花束を贈ってもそこいらの木々の根元に埋められ、アクセサリーは売られたりもした)
貫通させ、ようやくベッドの上まで案内したのである。
(今では花束は彼女の自室に居座りアクセサリーは引き出しの奥に仕舞われる)
「おい」
「ん?」
「言っておくが経験は無い。面倒だぞ」
「おいおい、自分でそう言うなよ。
・・・しかし、まさかとは思ったがそのまさかだったわけだ。」
オリヴァーは仕事に没頭する人間だった。
エスコートにしてみれば到底理解できそうにも無いその性格だったが、
その性格からして処女である可能性は高いなと常々思っていたのである。
「悪いか」
「いいや。寧ろ嬉しいさ」
彼女の白い服を性的に脱がせるのは自分が初めてであり、
彼女の下着を取り払うのもまた自分が始めてであり、
そして彼女自身を胸に収めるのもまた自分が初めてなのである。
誰も知らなかった彼女を、自分が一番最初に知るのである。
彼女が腰に詰め物をして胸を押さえつけていた事実ならば既に知っていた。
それを知った時ですら喜びがエスコートを包んだが、今はその比にならない程だ。
そうして彼女の肌の温もりを深く知った数ヵ月後のことだった。
エスコートが長い遠征から帰ると、彼女の仕事部屋は違う男の物になり、
また彼の上司もその男に変わっていたのだった。
「説明をお願いしたい」
「オリヴァー・アダムスは数日前に任務での負傷を理由に軍を辞めた。
跡継ぎとして私がここに来ただけだ、エスコート・ウッドゲイト」
エスコートは彼に名前を呼ばれることを本能で拒否した。
その後すぐに彼女の本当の名を未だ知らないことに気がついた。
+++++君以外に触れても僕は感じない+++++
オリヴァーが姿を消して一年後、我慢できなくなった彼はとうとう軍から抜けた。
精神的にも肉体的にも彼女でないと満たされない部分が段々と
彼を蝕んでいくのを自覚した所為だ。
エスコートは彼女を探した。生計は探偵で食い繋いだ。
彼女に出会う前の彼女がいない日々でもそれなりに輝いていたものは、
今ではすっかり色あせていた。
どんなに豊満な胸であろうと、どんなに艶やかな唇であろうと、
どんなに輝いている瞳であろうと、
エスコートにはただの人間、ただの女というようにしか捉えられなくなっていた。
美味いパスタを食う気にもなれないし、ほろ苦い珈琲の香りもどうでもよくなった。
エスコートはただ彼女を求めて生きた。枯れた植物のように生きた。
そうしてまた一年が過ぎようとしていた時だ。
その日もとある依頼主夫婦からの息子の素行調査を頼まれ、車で尾行していた。
息子はどうやらヤバい組織に関わりを持っていたようで、
あるアパートの二階の一室に篭りっきりなのである。
その部屋の前に、郵便屋が訪れるとインターホンを押した。
(・・・?)
新しい上司になった。何度目かと問われればまあ、数え切れないとでも言うべきか。
一年の間に数えるのも面倒になるくらい所属が変わった。
しかしその責任は自分にある。
無能として上司間で有名になるほどこの男は働かなかった。
しかし何故解雇されないのか。
それは彼の秘めた能力にあった。彼は気まぐれを起こすと途端に働いた。
しかしそれは戦場に限り、文面に向かうと途端に匙を投げた。
上官達はこの男の使い方を考えたがそれは徒労に終わり、
そして最後の上官を選んだ後にそれで駄目だったら解雇しようと
本人には伝えずそう決めたのだった。
その上官が特務機関所属、オリヴァー・アダムスである。
オリヴァーはさほど高い位の軍人では無かったが、
部下に対する対応から恐怖教育をする者として名高かった。
「オリヴァー?」
「そうだ」
「へえ・・・似合わないな」
「苗字で呼べばいい」
「アダムス上官。・・・それも微妙だ」
「人の名にケチをつけるとは大概無礼な人間だな」
「それは失礼。しかし違和感が拭いきれん」
「どんな違和感だ」
「アンタにそぐわない」
オリヴァーの片眉が綺麗につりあがった。
男が初めて人を美しいと思ったのはその時だ。
「・・・なら好きに呼べ」
「そうだな、じゃあ『女神』でどうだ」
「・・・」
「アンタ、女だろう。そして偽名」
オリヴァーの双眸が男を捕らえた。男の背筋が震える。
短い襟足にオールバック。きっちり着こなした軍服。
腰周りに女特有のくびれは見えない。胸もわかりにくい。
肌は白く首は細めだが、男にだってそんな特徴を持つ人間はいる。
しかし男は断言した。
「好きに判断しろ、エスコート・ウッドゲイト」
お前が働くのなら他はどうでもいい。
+++++汚れた靴で踏み躙れ+++++
オリヴァーは働かないエスコートに対し、毎度叱咤と共に拳を振るった。
虫の居所が悪いときには足で男の股間を捻り潰した。
しかし男の仕事は一向にはかどらなかった。
そこでオリヴァーはやり方を変えた。
「お前、またしくじったのか」
「ええ、すんません」
「・・・次はがんばれよ」
そして微笑んだのである。
この対応に流石のエスコートも驚きを隠せないでいた。
あの恐怖教育者が。あのオリヴァー・アダムスが。
仕事を損なった部下に対し、優しく微笑んだのである!
「・・・風邪でも引いてるんじゃないかい」
「まさか」
「じゃ、これから天変地異でも起こるか」
「しばらくはないだろう。ただ私はこう言いたいだけだ、ウッドゲイト」
「?」
「褒美が欲しいなら仕事を為せ」
痛みが欲しいならくれてやろう、お前が私の要求に応えるのであれば。
+++++潔癖に清潔なブラウス+++++
すっかり有能になった年上の部下を、オリヴァーは無自覚で気に入っていた。
オリヴァーは女だ。
しかし不完全な実力主義のこの社会で、オリヴァーの性別は不利だった。
体裁から入る人間にしてみれば、彼女は最初から無力なのである。
そういう人間が上にいれば彼女の出世は難しかった。
そこで彼女は性別を偽った。今でも大半が彼女を彼としてしか知らない。
ある程度の実力を上に見せ付けた所で、彼女はただ数名の上司にだけ自分を明かした。
彼女が彼女であることを知っているのは、それを受け入れた上官たちと
たった一人の女軍医である。
女軍医もまた公に自分の性別を明かしていないが、
彼女達は唯一女としての会話を出来る仲であった。
しかしその者達にも明かしていない更なる彼女を、
エスコート・ウッドゲイトはたった今暴こうとしている。
彼はあれ以来ずっと彼女に迫っていた。
誰にも口外しなかったが、彼は彼女が彼女であると完全に見抜き、
確信していたのである。
だが彼にとって彼女が女であることは二の次であったのもまた確かだった。
彼は男も女も口説ける性質だ。幸か不幸か、男相手のセックスは経験が無かったが。
彼女の壁は分厚かった。
それを地道な努力で(今までのエスコートでは考えられなかったことだ)
(日常会話から入り何度も食事を断られ、
花束を贈ってもそこいらの木々の根元に埋められ、アクセサリーは売られたりもした)
貫通させ、ようやくベッドの上まで案内したのである。
(今では花束は彼女の自室に居座りアクセサリーは引き出しの奥に仕舞われる)
「おい」
「ん?」
「言っておくが経験は無い。面倒だぞ」
「おいおい、自分でそう言うなよ。
・・・しかし、まさかとは思ったがそのまさかだったわけだ。」
オリヴァーは仕事に没頭する人間だった。
エスコートにしてみれば到底理解できそうにも無いその性格だったが、
その性格からして処女である可能性は高いなと常々思っていたのである。
「悪いか」
「いいや。寧ろ嬉しいさ」
彼女の白い服を性的に脱がせるのは自分が初めてであり、
彼女の下着を取り払うのもまた自分が始めてであり、
そして彼女自身を胸に収めるのもまた自分が初めてなのである。
誰も知らなかった彼女を、自分が一番最初に知るのである。
彼女が腰に詰め物をして胸を押さえつけていた事実ならば既に知っていた。
それを知った時ですら喜びがエスコートを包んだが、今はその比にならない程だ。
そうして彼女の肌の温もりを深く知った数ヵ月後のことだった。
エスコートが長い遠征から帰ると、彼女の仕事部屋は違う男の物になり、
また彼の上司もその男に変わっていたのだった。
「説明をお願いしたい」
「オリヴァー・アダムスは数日前に任務での負傷を理由に軍を辞めた。
跡継ぎとして私がここに来ただけだ、エスコート・ウッドゲイト」
エスコートは彼に名前を呼ばれることを本能で拒否した。
その後すぐに彼女の本当の名を未だ知らないことに気がついた。
+++++君以外に触れても僕は感じない+++++
オリヴァーが姿を消して一年後、我慢できなくなった彼はとうとう軍から抜けた。
精神的にも肉体的にも彼女でないと満たされない部分が段々と
彼を蝕んでいくのを自覚した所為だ。
エスコートは彼女を探した。生計は探偵で食い繋いだ。
彼女に出会う前の彼女がいない日々でもそれなりに輝いていたものは、
今ではすっかり色あせていた。
どんなに豊満な胸であろうと、どんなに艶やかな唇であろうと、
どんなに輝いている瞳であろうと、
エスコートにはただの人間、ただの女というようにしか捉えられなくなっていた。
美味いパスタを食う気にもなれないし、ほろ苦い珈琲の香りもどうでもよくなった。
エスコートはただ彼女を求めて生きた。枯れた植物のように生きた。
そうしてまた一年が過ぎようとしていた時だ。
その日もとある依頼主夫婦からの息子の素行調査を頼まれ、車で尾行していた。
息子はどうやらヤバい組織に関わりを持っていたようで、
あるアパートの二階の一室に篭りっきりなのである。
その部屋の前に、郵便屋が訪れるとインターホンを押した。
(・・・?)