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先生様と私。

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 私は、まさか先生様の奥様になれるなどという事は考えた事もありませんでした。
 だって、私の中で幼い頃からずっと、先生様は先生様だったのですもの。
 しかし、実際になってしまった訳でして。そうすれば、気になるはただ一つ。
 私は……先生様にとって、ちゃんと、『良い』奥様でいられているのでしょうか。
 六つばかし年上で、ご近所に住む、賢い幼なじみのお兄様。私のことを実のきょうだい以上に可愛がって下さって、何でも教えて下さる先生様。
 私の……私だけの先生様の、先生様に見合う、より良い奥様に。
 一人で家に居て、家事をする間、隣の老夫婦の奥様とお話をするとき、井戸端会議の合間。
 そんな時に聞いてみたり、ふと、手を休めて考えたり、色々試してみたりもしました。
 だけど、考えても考えても分からないまま、結納から輿入れまで済んでしまって、今の私はぽんわりと、女性雑誌でいうところの、蜜月や新婚生活と言ったものを味わっているのでした。
 だけど、このままで良いのでしょうか。
 私は先生様のお幸せに、少しでも貢献できているのでしょうか。
 私はまぁ……毎日先生様が、お家に帰って来て下さること、それ自体が幸せな訳なのですが……。
 でもでも、先生様は立派な男性でございますから、私のような学校を出たての小娘と同じような物の感じ方をしないとは思うのです。
 そうして、慣れない家事やご近所さまとの交流との間に悶々と考えているうちに、私ははっと、あることに気づいてしまったのです。

 そもそも、私たちが感じている、『良い』というものは、一体、何なのでしょうか、と。

「ねぇ先生様、『良い』とは一体、どういった物なのでしょうね……」
 ある時、縁側でお日様に当たる先生様にお茶受けの饅頭と沢庵を運びながら、私
は思い切ってそう聞いてみました。
 だって、幼い時から、お父様もお母様も聞いた途端に頭を抱えるような、私のこうした荒唐無稽な質問に答えて下さるのは、いつだって先生様だけでしたもの。
 それでもそこは、それとなく、何とは無しに聞いてみたつもりだったのですが、その実、私の声には真剣な響きがあったのかも知れません。
 先生様は、眼鏡の奥の、男子にしては珍しく、ぱっちりとして黒目の大きな一重の眼をぱちぱちとさせて、私の顔をじいぃっと見た後に、ふわりと口元を綻ばせました。
作品名:先生様と私。 作家名:刻兎 烏