この世にあるすべての青をみわける目
人間の子どもにはそれぞれひとりずつ守護天使がついているものですが、フィルの天使はやせてごつごつした長い手足の、あまりかっこうのよくない青年の天使でした。天使の名前は、いくら子どもでも人間にはうまく言うことのできないむずかしい名前だったので、フィルは自分の名前を半分おくって、彼の天使を「フィル」と呼んでいました(もちろんLがふたつついた「フィル」の方です! そうでなくてはまぎらわしいですものね)。
さて、これはまったく運の悪いことなのですが、天使のフィルを神さまがお作りになったとき、うっかりしていて「すてきな何か」をほんのちょっぴりしかあげなかったのです。みなさんも知っているように、「すてきな何か」は天使のとくいなものを決めるのに重要な材料です(そして天使のとくいなものは、その天使の守護する子どものとくいなものになるんでしたね)。たとえばフィルのともだちのエリーの天使はとても歌をうたうのがじょうずでしたし、マークの天使はむずかしい数学の問題をとくのがとてもとくいでした。
ところが「すてきな何か」が足りなかったおかげで、天使のフィルはほかの天使たちにばかにされるような、ちっぽけなとくぎしか持っていませんでした。つまりフィルが天使のフィルからもらったおくりものは、「この世にあるすべての青をみわける目」だったのです。
「フィル、フィル、ごめんね。ぼく、神さまに今からお願いして、きみの守護天使を変えてもらうようにしようか」
「Lふたつのフィル、そうしたらきみはどこへ行くの? だれかちがう子の守護天使になるの?」
天使のフィルはかなしそうに笑って首を横にふりました。
「ううん、そうしたらぼくはおさとうとスパイスと、ほんのちょっぴりの「すてきな何か」にもどるんだ――それでまた新しい守護天使になるのを待つんだよ」
フィルは天使のフィルがおさとうとスパイスとほんのちょっぴりの「すてきな何か」にもどってしまうのを考えてみましたが、それはあんまりかなしいことだったのでぎゅっと天使のフィルの白いきれいな服にしがみついてわあわあ泣きました。
「行かないで! フィルはぼくだけの守護天使だよ、だってぼく、フィルのおくりものがだいすきだもの」
フィルよりもずっと大人のすがたをした天使のフィルは、フィルのお父さんがそうするように大きな手でフィルの頭をやさしくなでながら、ありがとうと涙をこぼしました。天使のフィルの涙は、神さまのいらっしゃる空の色にたくさんの水をまぜたようなきれいな色をしていました。
ところで大人というのはこまったもので、生まれた子どもの守護天使がぜひすばらしいおくりものをしてくれるようにと神さまにたくさんお祈りをするものです(ほんとうは、子どもの守護天使がだれになるかなんて、神さまにだって決められないんですけどね)。そうしてこの場合の「すばらしいおくりもの」というのは決して天使のフィルがフィルにあげたようなものではなくて、「バイオリンをとてもじょうずにひけるおくりもの」だとか「学校の勉強がよくできるおくりもの」だとか、そういうものなのでした。
なので、フィルがもらった「この世にあるすべての青をみわける目」というおくりものは、あいにくとフィルのお父さんやお母さんには気に入ってもらえませんでした。
「どうして神さまはこんなにできそこないの天使しかくださらなかったのかなあ」
「せめて「勇敢な心」とか「スポーツの才能」とかをおくってくれればよかったのに」
こんなふうにフィルのお父さんとお母さんがおっしゃるたびに、天使のフィルはごめんなさいごめんなさいとあやまって、深い海の底のようなかなしい色の涙をぽろぽろとこぼしました。フィルのお父さんとお母さんの守護天使がふたりにおくったのは、「やさしい心」ではなかったのです。
子どもならだれでも知っていることですが、天使は人間のかなしい言葉やおこった気持ちばかりにさらされていると、だんだんと弱って最後には消えてしまいます(おさとうとスパイスと「すてきな何か」にもどることさえできないのです!)。
天使のフィルはもとからあまりすてきな見た目ではありませんでしたが、フィルが十歳になるころには大きな白いつばさも空にはばたく力をうしなって背中に小さくおりたたまれているばかり、のろのろと地面を歩くはだしの足やフィルの頭をやさしくなでてくれる大きな手は傷だらけになっていました。実を言うと、天使のフィルはもうずいぶん前に神さまから「お前はもう少しでほんとうに消えてしまうから、早く天国にもどっておいで」というお言葉をいただいていたのです。
「Lふたつのフィル、ぼくは旅に出るよ。お父さんとお母さんのせいできみが消えるなんて、ぼくにはがまんできないんだ」
天使のフィルから片目(ヤグルマギクのすこぅし紫がかかった色が天使のフィルの目の色でした)が消えて、フィルが十一歳になった夜のこと、ナップザックにだいすきなチョコレートを二枚とクマの貯金箱とコンパスと着がえをつめたフィルがそう言いました。
天使のフィルのびっくりしたことと言ったら! フィルのお父さんとお母さんは、もちろん役に立たないおくりものしかしてくれなかった天使のフィルにはひどいことばかり言うのですが、フィルのことはいつだってかわいがっていて、大人でもちょっとできないような言い方でフィルが朝焼けの空の色や川の水面にお日さまが当たっている色を言うのが、実はちょっとじまんなのでした。
「だめだよ、フィル。きみのお父さんとお母さんはきみにとてもやさしいんだから。ぼくはきみさえ幸せなら、ただ消えてしまってもかまわない」
天使のフィルは真剣でしたが、フィルはもっともっと真剣でした。言うまでもないことですが、人間は守護天使をなくしてしまうくらいなら、じぶんの今持っている幸せぜんぶをすててしまってもその方がまだましなのです。
それで天使のフィルはフィルといっしょに、ながいながい旅に出ました。ふたりは国じゅう、いいえ、世界じゅうを歩きまわって、夜の女王が星のダイヤモンドをちりばめたほとんど黒いように見えるのに実はそれよりもちょっぴりあかるい色や、川の浅いところと滝つぼの色のふたいろのころもをまとった鳥を見ました。
天使のフィルはそういうきれいなものを見るたびにのこされたもうひとつの目をほそめて笑いましたから、フィルはやっぱり旅に出てよかったのだと幸せな気分でした。フィルはこのぼろぼろの守護天使が、生まれる前からずっとだいすきだったのです。
さて、これはまったく運の悪いことなのですが、天使のフィルを神さまがお作りになったとき、うっかりしていて「すてきな何か」をほんのちょっぴりしかあげなかったのです。みなさんも知っているように、「すてきな何か」は天使のとくいなものを決めるのに重要な材料です(そして天使のとくいなものは、その天使の守護する子どものとくいなものになるんでしたね)。たとえばフィルのともだちのエリーの天使はとても歌をうたうのがじょうずでしたし、マークの天使はむずかしい数学の問題をとくのがとてもとくいでした。
ところが「すてきな何か」が足りなかったおかげで、天使のフィルはほかの天使たちにばかにされるような、ちっぽけなとくぎしか持っていませんでした。つまりフィルが天使のフィルからもらったおくりものは、「この世にあるすべての青をみわける目」だったのです。
「フィル、フィル、ごめんね。ぼく、神さまに今からお願いして、きみの守護天使を変えてもらうようにしようか」
「Lふたつのフィル、そうしたらきみはどこへ行くの? だれかちがう子の守護天使になるの?」
天使のフィルはかなしそうに笑って首を横にふりました。
「ううん、そうしたらぼくはおさとうとスパイスと、ほんのちょっぴりの「すてきな何か」にもどるんだ――それでまた新しい守護天使になるのを待つんだよ」
フィルは天使のフィルがおさとうとスパイスとほんのちょっぴりの「すてきな何か」にもどってしまうのを考えてみましたが、それはあんまりかなしいことだったのでぎゅっと天使のフィルの白いきれいな服にしがみついてわあわあ泣きました。
「行かないで! フィルはぼくだけの守護天使だよ、だってぼく、フィルのおくりものがだいすきだもの」
フィルよりもずっと大人のすがたをした天使のフィルは、フィルのお父さんがそうするように大きな手でフィルの頭をやさしくなでながら、ありがとうと涙をこぼしました。天使のフィルの涙は、神さまのいらっしゃる空の色にたくさんの水をまぜたようなきれいな色をしていました。
ところで大人というのはこまったもので、生まれた子どもの守護天使がぜひすばらしいおくりものをしてくれるようにと神さまにたくさんお祈りをするものです(ほんとうは、子どもの守護天使がだれになるかなんて、神さまにだって決められないんですけどね)。そうしてこの場合の「すばらしいおくりもの」というのは決して天使のフィルがフィルにあげたようなものではなくて、「バイオリンをとてもじょうずにひけるおくりもの」だとか「学校の勉強がよくできるおくりもの」だとか、そういうものなのでした。
なので、フィルがもらった「この世にあるすべての青をみわける目」というおくりものは、あいにくとフィルのお父さんやお母さんには気に入ってもらえませんでした。
「どうして神さまはこんなにできそこないの天使しかくださらなかったのかなあ」
「せめて「勇敢な心」とか「スポーツの才能」とかをおくってくれればよかったのに」
こんなふうにフィルのお父さんとお母さんがおっしゃるたびに、天使のフィルはごめんなさいごめんなさいとあやまって、深い海の底のようなかなしい色の涙をぽろぽろとこぼしました。フィルのお父さんとお母さんの守護天使がふたりにおくったのは、「やさしい心」ではなかったのです。
子どもならだれでも知っていることですが、天使は人間のかなしい言葉やおこった気持ちばかりにさらされていると、だんだんと弱って最後には消えてしまいます(おさとうとスパイスと「すてきな何か」にもどることさえできないのです!)。
天使のフィルはもとからあまりすてきな見た目ではありませんでしたが、フィルが十歳になるころには大きな白いつばさも空にはばたく力をうしなって背中に小さくおりたたまれているばかり、のろのろと地面を歩くはだしの足やフィルの頭をやさしくなでてくれる大きな手は傷だらけになっていました。実を言うと、天使のフィルはもうずいぶん前に神さまから「お前はもう少しでほんとうに消えてしまうから、早く天国にもどっておいで」というお言葉をいただいていたのです。
「Lふたつのフィル、ぼくは旅に出るよ。お父さんとお母さんのせいできみが消えるなんて、ぼくにはがまんできないんだ」
天使のフィルから片目(ヤグルマギクのすこぅし紫がかかった色が天使のフィルの目の色でした)が消えて、フィルが十一歳になった夜のこと、ナップザックにだいすきなチョコレートを二枚とクマの貯金箱とコンパスと着がえをつめたフィルがそう言いました。
天使のフィルのびっくりしたことと言ったら! フィルのお父さんとお母さんは、もちろん役に立たないおくりものしかしてくれなかった天使のフィルにはひどいことばかり言うのですが、フィルのことはいつだってかわいがっていて、大人でもちょっとできないような言い方でフィルが朝焼けの空の色や川の水面にお日さまが当たっている色を言うのが、実はちょっとじまんなのでした。
「だめだよ、フィル。きみのお父さんとお母さんはきみにとてもやさしいんだから。ぼくはきみさえ幸せなら、ただ消えてしまってもかまわない」
天使のフィルは真剣でしたが、フィルはもっともっと真剣でした。言うまでもないことですが、人間は守護天使をなくしてしまうくらいなら、じぶんの今持っている幸せぜんぶをすててしまってもその方がまだましなのです。
それで天使のフィルはフィルといっしょに、ながいながい旅に出ました。ふたりは国じゅう、いいえ、世界じゅうを歩きまわって、夜の女王が星のダイヤモンドをちりばめたほとんど黒いように見えるのに実はそれよりもちょっぴりあかるい色や、川の浅いところと滝つぼの色のふたいろのころもをまとった鳥を見ました。
天使のフィルはそういうきれいなものを見るたびにのこされたもうひとつの目をほそめて笑いましたから、フィルはやっぱり旅に出てよかったのだと幸せな気分でした。フィルはこのぼろぼろの守護天使が、生まれる前からずっとだいすきだったのです。
作品名:この世にあるすべての青をみわける目 作家名:みらい