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椎堂かおる
椎堂かおる
novelistID. 13261
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湾岸の風〜テルの物語

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「違うわ。それが変だと思うこと自体が、神殿への反逆なのよ。まともな頭をしてたら、そんなこと口には出さない」
 むくっと起きあがって、エレノアは人差し指を唇にあて、しーっと戯けたしぐさで忠告した。
「死んだ娘も火刑台で同じ事を言ってたそうよ。額に赤い点を描いただけで、なぜ殺されるのかって。可哀想に、せめてそれを知っていれば、死なずにすんだかもしれないのにね。処刑を見に行った連中は、みんなそう思った。だけどイルスはこう言いたかったんでしょ。俺もそう思う、って」
 あの人は火刑を見たんだろうか。女の子がみんなの前で焼き殺されるのを見たの?
 その時も、あの透明な青い目で、じっと見つめていたんだろうか。炎の形をした死を。
「テル、あんたどこから来たの?」
 ゆるやかにカールした栗色の長い髪を、指にくるくると巻き付けながら、エレノアがたずねた。
「わかりません。イルスと会う前のことは、なにも憶えてないの」
「あら、そう」
 私の突飛な答えを、エレノアは面白そうに聞いている。
「あんた、聖女の生まれ変わりかもしれないわね。神殿種は転生するっていうから。火刑台で死んだ娘は、じつは本当の聖女で、生まれ変わって、あんたになったのかも」
 言いながら、くすくす笑っているエレノアは、とても本気とは思えなかった。
「そうね……本当にそうだといいのに。そしたらあの子は、もう後悔しなくて済む」
 華やかに微笑んでいるエレノアの目は、とても優しかった。ゆりかごに眠る赤ん坊を見つめる目で、エレノアは、ここにはいないイルスを見ていた。
 エレノアは、彼を愛している。母のように、姉のように、情熱や嫉妬を越えた、もっと深いところで。
 この人には、誰も敵わない。絶対に敵わない。赤ん坊を抱く母親の代わりを、他の誰もできないみたいに。