名探偵VS事件代行人
「先永遠氏なら、一年前に死んだよ、不起」
足元からの兄の言葉を聞き、不起は苛立ったように手紙をくしゃくしゃに丸め、放り投げてから日傘で突き上げた。天井に、手紙の亡骸が埋め込まれた。――あああ。
「死んだ……ですか。そうでしたか。それは全く知りませんでした。そうですか」
不起は何度か肯いて、それから再起のわき腹を蹴った。蛙みたいな声を出し、再起は横様に転がる。
「大方、サイキ兄がまた邪魔でもしたのでしょう。いつもいつも、私が起こそうとする事件の邪魔ばかりして……! いい加減、大人しく事務所に篭っていれば良いものを」
「ちょっと不起、それは誤解だって。私は何もしていないよ」
再起は言い返すが、具体的な行動としては、何一つ抵抗していない。兄として、それはどうなんだろう。
「では、他に誰が私の邪魔をすると言うのです。誰が、私への遠氏の死亡連絡を滞らせたと言うのです」
「……いや、私にもそんなことは分からないけれども」
「じゃあ黙っていればいいのです!」
再び再起と不起の諍いが起ころうとしている。私も少々困り、その会話を遮った。
「……で。不起さん、その、遠叔父の依頼はどういうものだったんです?」
不起は、仕事の話ということでようやく落ち着いてくれたようで、その足を兄の体からどけた。
「遠氏からの事件依頼ですか? 別に守秘義務はありませんから言ってしまいますけれど……」
そうして彼女が口にしたのは驚くべきことであり、信じがたいことであり、また妙に嘘っぽくて、過分に信憑性があった。それを聞いて私は、その依頼を破棄することを断念した。――ああ、千年を強制的にスリープモードにしておいて良かった。今の話を聞かれていたら、その依頼の価値はなくなってしまうところだった。
「……という依頼だったのです。どうです、遠氏はいませんが、貴女、代わりに代価を支払って、依頼継続なさりますか」
そう、不起は言った。
「その、依頼だけど」
私は、不起に尋ねる。
「本当に、完遂できるのか」
私の問いに、覆水不起は初めて、にこりと笑った。
「勿論ですとも」
数週間後の昼前、携帯電話が鳴った。寝ぼけ眼をこすりながら出ると、相手は予想通り、千年だった。ハイテンションな、それでいて静かな声が聞こえてくる。
『きゃっほーい、みすずちゃん! 今日はね、今日はね。すっごいことがあったんだよ! ビッグでジャンボな、大事件! 事件、事件』
「……そう。で、どんな?」
私は、その全貌を知りながら、問う。千年は先ほどまでよりも少し感情の入った、――嬉しそうな声で、言った。
『私の本当の父親だっていう人が、新しいお母さんと一緒に、うちに来たの!』
ああ、ちゃんとうまくいったのだな。
私はほっとして、――微笑んだ。
『みすずちゃん? 聞いてるっ?』
「ああ、……聞いてるよ」
先永遠の依頼は完遂された。と、いうことは。
「ごめんくださーい。先永美寿寿さんのお宅ですよね?」
正面玄関から、男性の声が聞こえる。
「△△運送のものですー。引越しのお手伝いに上がりました」
「はいはい。……それじゃあ千年、また後で掛けるから」
千年の賑やかな別れの言葉を聞いて、私は電話を置いた。
――もう、この屋敷とも、お別れだ。
作品名:名探偵VS事件代行人 作家名:tei