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名探偵VS事件代行人

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 私は、ここぞとばかりに、聞きたかったことを矢継ぎ早に聞いた。覆水の来訪は私にとって凶事でしかなかったが、話がこういう方向に進んだとなれば別だ。
 覆水はそうですね、と少し考えていたが、やがて顔を上げた。――そして、急に後ずさりを始めた。
「…………? どうした、名探偵」
 私は、こちらを向いたままゆっくり広間の向こう側へと後退する覆水に、そう聞いた。覆水は、私を指差し、首を振る。口元が、今にも泣き出さんばかりに歪んでいる。
「う……」
 またうえうえと泣き出すのだろうか、と一瞬身構えた私だったが、そのとき屋敷の外から、千年の声が聞こえた。
「みーすずっちゃん、ちとせ、ただ今ケンザンっ、致しましたぁっ!」
「おや、千年か。……はいはい、今行く」
 私は、正面玄関の方へ歩く――不意に、それを引き留めるものがあった。私の服を掴んで離さないのは、勿論広間の向こう側に立つ覆水ではなく、助手の女性であった。彼女は、無言で首を振る。
「…………」
 開けてはいけません、と言っているようだが。しかし。
 私の知ったことじゃない。
「みぃすずちゃ~ん」
「はいはい」
 私は女性の手を剥がし、そのまま歩き、扉を開けた。そこには、いつも通りおとなしそうな佇まいの黒髪女子高生・千年と、もう一人がいた。
「ええっと。どなたさん」
 私は、その謎の人物Xの、頭から靴の先までを見渡した。――これは、どういう美少女だ。
 美少女という呼び名以外にふさわしいものはない、そういう少女が千年の隣に立っている。服装としては、ゴシックロリータのピンクバージョン……えっと、こういうのは何というのだったか。ブランド名は忘れたが、ふわふわのフリルとレースに包まれた、童話の中のお姫様を彷彿とさせる、そういうワンピースに、彼女は身を包んでいた。日傘もまた、服装とぴったり調和した薄桃色の可愛らしいデザインのものを、腕に下げている。
 また、顔はフランス人形のごとき大きな瞳と長い睫毛、小さな唇を具えた、正に『美少女』の典型。髪の毛は、流石に日本人なのでブロンドではなかったが、色素の薄い茶色で、ハーフのような繊細さを持っている。
「ご紹介しまぁっす。こちら、覆水不起さん。そこの道でばったり会ってぇ。意気投合したんで、一緒に来ちった! てへへへっ」
 千年は無表情に、台詞だけ騒がしく、静かにそう言った。
「はあ、どうも……。ええっと、覆水不起さん。よろしく、私は――」
「先永美寿寿さんですね。以後お見知りおきを」
 からん、と鈴の鳴るような声で、覆水不起は言い、礼をした。
「どうやら、サイキ兄がお世話になっているようで」
 サイキ兄、……。ああ、そういえばさっき覆水再起の様子がおかしかったな。そうか、この娘の来訪を予感していたわけだ。
「あの名探偵は、この奥にいる。上がるといい」
 私は扉を大きく開けて、二人を屋敷に招いた。途端、広間の方から「裏切り者ーっ」という悲痛な叫び声が聞こえ、それと同時に不起がハイヒールで走り出した。
「およっ? 不起ちゃん、何やら急いで走り出した模様っ! そっか、トイレだ」
 千年が淡々と実況するが、その目的は違うようだ。不起はかつかつと音を立てながら廊下を走り去った。広間の方から悲鳴が上がる。私と千年は久闊を叙し、ゆっくりと広間へ向かった。たどり着いたときには、そこは阿鼻叫喚渦巻く、地獄絵図と化していた。被害者は見たところ再起一人だけのようであるが。
「ああ、美寿寿さん……助けに来てくださったんですね」
 青いスーツは見る影もなく、不起のハイヒールの下から弱弱しい声で、再起は言った。
「何を勘違いしている。私はあんたを一生恨むと決めた人間だ。むしろせいせいするわ」
「……それはひどい」
 再起はがっくりと床に顔をつけて、沈黙した。
「覆水先生、覆水先生!」
 不起の日傘を咽喉元に突きつけられた女性が、壁に張り付いて、再起に向かって呼びかける。
「サイキ兄は、私の仕事の邪魔をするのが好きなのですか。いつもいつも」
 言いながら、不起はぐりぐりと再起の背中をハイヒールで踏みつける。そこには、私や千年の遠叔父に対するものと、勝るとも劣らぬ、憎しみが見て取れた。どうやら兄妹仲は本気で悪いらしい。
「おやおや、こりゃあ酷いっ。流血地獄、狂気の沙汰っ! 地獄の沙汰も金次第って奴っすかぁ?」
 一人だけやけにテンションの高い台詞を口走る千年は、それでもやはり無表情だった。
「で、で、で。みすずちゃん、相談事ってなーに?」
「……相変わらずだな、千年。場の空気の読まなさ加減はまったく変わらん」
 私はとりあえず感心し、千年の頭を撫でる。千年は静かに目を閉じ、口を閉じた。……これで少しは、まともに話が出来るだろう。
「さて。ではまず、不起さん。あの手紙について、話をしよう」
 私がそう提案すると、不起は大きな瞳をぱちりと動かし、私を見た。
「……手紙……」
「そうだ、手紙だ。ほら、そこの名探偵が握り締めているだろう」
 不起は、再起の手の中にあった手紙をいささか力強すぎる勢いで奪った。そして、ちらりと目を走らせる。
「ああ、これですか。ええ、もうそろそろ仕上げ段階に入るので、差し上げたのですが。……そうですね、今は丁度良い機会です。遠氏と代価について話し合いたいと思うのですが」
 呆れた。本当に、依頼主の生死を知らなかったらしい。
作品名:名探偵VS事件代行人 作家名:tei