メギドの丘 一章
当夜は心の中に、『生きたくない』という感情の他に何かすっきりしない感情が芽生えたのを感じた。
当夜は、部屋の電気という電気を全て消し、部屋に備え付けてある遮光カーテンを閉め切り、ベッドに腰かけていた。
あの後の戦闘は、結が奏の負傷を確認し原子の分解・再構築の能力を駆使し、奏を退避させ、用事があって留守にしていた朔夜を無理矢理連れて来た。朔夜の能力は、見かけによらず強力で、一言で表すと『光』だ。光の屈折、光の収束、光の反射、などを自由自在に操れる。しかし、自らは光速で移動することは出来ない。無論、衝撃波や空気との摩擦で自らが死んでしまうからだ。この朔夜の『光』の能力でグラシャ=ラボラスを撃破した。それこそ、ほぼ瞬殺だった。
戦闘が終わり、部屋に戻ってきてから当夜は、ずっと電気を消して、ベッドに腰掛けているのだ。
考えているのは自分のこれからのことだけではない。大半が奏のことだった。出会って間もない自分のことを助けた、奏の気持ちが当夜には理解できなかったのだ。それこそ、死と隣り合わせの状況で、だ。
いろいろな葛藤が当夜の心を取り巻いていたのだ。
――コンコン
無音だった当夜の部屋に、ノックの音が響き渡る。ビクッと反射的に当夜は身体を震わせた。
「ごめんね。こんな夜遅くに」
ノックをしたのは奏だった。しかし、当夜はこの言葉に返すことが出来なかった。何を返したらいいのか分からなかったのだ。しかし、奏はそんなことを気にする風でもなく一方的に話を続けた。
「わたしの腕、びっくりしたよね。昔、初めての戦闘の時、やっちゃたんだ・・・・。訳わかんなくなっちゃってさ。どうしたらいいか分かんなくて・・・・」
当夜は、そこまで喋った奏がドア越しに腰かけたのが、なんとなくだが分かった。だから、当夜もドアに移動し、ドアに腰掛ける。不思議と本当に背中合わせをしているみたいな気持ちになった。
「だからね、わたしも当夜くんの気持ち痛いくらいに分かるよ。わたしも、昔は逃げたかったし・・・・・・死にたくなった」
奏はそこで言葉を区切り、一呼吸置いた。当夜は、奏が話す一言一言を胸に噛みしめながら聞いていた。
「わたしね、当夜くんが逃げたいなら、逃げてもいいと思うよ。でもね、当夜くんは、逃げてるんじゃなくて、死のうとしてるだけだよ」
当夜の心臓が、ドクンッと大きな音を一回鳴らした。奏の言葉が、あまりにも的確だったのだ。
「わたし、思うんだ。わたしが、今、生きているのは、わたしを愛する人が繋いでくれたものだから、今でも明日を信じて生きていける。だから、当夜くんのことを愛する人が繋いでくれた『生きている』ということを切らないでほしい。わたし達に、『生きる』ということを繋いでくれた人がいたこと、わたし達が『生きていた』ということを、わたし達が『明日』に繋いでいかなきゃいけないと思うんだ。だから・・・・・・生きて、当夜くん」
奏の言葉は、当夜の心の奥底まで染み渡った。奏がどんな思いで毎日を生きているか。奏がどんな思いで明日を望んでいるか。奏がどんな思いで戦っているか。当夜の心に深く刻まれたのだった。
だから当夜は、たった一言だけ言葉を返した。
「あぁ・・・・・・そうだな」
そう言った当夜の頬に、一粒の滴が流れて、地に落ち消えた。当夜の『生きたくない』という感情と共に。
「じゃあ、また明日ね」
『また明日』この言葉を言えることがどれだけ、凄いことなのか当夜には今なら理解できる。
『また明日』そう言った、ドア越しの奏が、優しく微笑んでいるのが、当夜には分かった。
4
部屋の大きさに反比例した無機質な部屋。部屋には、木目の丸テーブルとイスが並べられているだけである。
丸テーブルに十三人の男女が座っていた。
「既に、第一のラッパは鳴らされた」
五十代後半で司教帽を被り、金と銀の二つの鍵が交差する形で描かれる天国の鍵を背中に背負う男が言った。
「はい、ローマ教王。日本で第一のラッパ、炎を纏う巨人、精霊『スルト』の意思が確認されました」
答えるは、サングラスで表情を隠した男。
「すでに第十二の鍵も現れました。若干の誤差はありますが、ほぼ全て、アタナシウスの予言の書通りです」
続けてその男が、ローマ教王に向けて報告した。
「そうか。それで、例の物はどうなった」
ローマ教王が、この場にいる全員に向けて問いただした。
すると、この中では異様な光を放つ十代後半の、あどけない表情をした少年が答えた。
「すでに用意してあります。こちらが『世界の理を開く鍵』です」
少年が、黒一色の長方形の箱を、ローマ教王の前に運び、箱を開いた。
そこのは、一本の髪の毛のような繊維があった。
「これで間違いないのだな、最後の預言者よ」
「はい、間違いありません」
そうか・・・・・・と、ローマ教王は呟き、静かに、且つ、世界の全てを見透かすが如く言葉を放った。
「神、再臨の時は近い。全てはメギドの丘で終わり、メギドの丘で始まる」