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メギドの丘 一章

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メギドの丘


一章 始まりの序幕
 



「ふああぁ、ねみぃ」
日付にして七月七日、時刻は深夜一時、神谷当夜は眠い目を擦りながら少し大きめの公園にある池沿いを歩いていた。無論、この時間に公園を歩いている人などいない。夜中の散歩が好きな人もいるだろうけど、今日はいないみたいだ。
当夜はこの夜中の散歩が好きな部類の人間ではない。至極単純に友達の家からの帰宅途中の何の変哲のない平凡な人間だ。見た目の風貌も、髪形に気を使った少し長めの髪、奥二重の鷹の目を印象付けるような目で、きりっとした顔立ち、身長は細身の百七十センチ程度・・・要するに今時の風貌の十八歳の少年だ。
「あと十分耐えろ、俺!」
当夜は、一人声を出し無意味な抵抗をするなと言わんばかりに襲ってくる眠気を吹き飛ばそうと自分を叱咤した。そしてぐっと目を開き、歩く速度を上げようとした時にふと違和感を覚えた。
 「ん?」
 目の前が歪んでいた。正確には目の前の空間が二メートル程ひび割れ、ずれているといった表現が正しいのかもしれない。そしてそのひびの隙間からは勢いよく燃え上がる炎が見える。
当夜は、眠気のせいでおかしく見えているんだと思い、自分の目をこすり、一呼吸置きまた目をひらいた。
 ――違う。何だ、これは。
 当夜は、心の底から驚愕すると同時に全身を飲み込まれるくらいの恐怖に身を包まれた。
 咄嗟に逃げだそうとしても足がすくんで、うまく脳からの命令を受け入れようとしない。所謂、体が完璧なまでに凍りついた。体が凍りついて動かないついでに声も出ない。
その時、薄型テレビを人間がへし折ったらこういう音がするんだろうと思わせる音とともに、空間のひびが徐々に縦に広がっていった。
もう当夜にはおおよそ思考と呼ばれるものが停止し、ただ茫然と立ち尽くし、見つめるだけだった。
もともと、当夜は霊感とかそういったものがある部類の人間ではないのだ。ただただ平凡に、平和を求め、争いごとを避けて生きてきた。
それでいきなり目の前の空間がひび割れ、ずれたのだから当夜にとってはこれ以上ないくらい嬉しくないサプライズというものだ。
そして、当夜が呆然と見つめる中、空間のひびが十メートル程に広がり、音と共にひびの拡大が止まった。
空間の拡大の停止と同時に、当夜の思考能力はやっとの思いで活動を再開した。
――空間が割れてる。
 しかし、この通常の人ならば出会うことのないであろうこの不可解な現象に、思考能力が再開した当夜の理解力でも全くと言っていい程について行くことが出来なかった。しかし、脳では理解できなくとも身体から洪水のように噴き出す冷や汗が全身でこの現象の異常さを訴えていた。
 突如、空間のひびの中から『何か』が飛び出し、空間のひびを掴んだ。
当夜は、夜目の効いた自らの目でその『何か』を見つめる。
――手だ。
見た目は人と同じような手。しかし、その大きさが異常なのだ。人間の五倍はあろうかという手。人間の頭なら簡単に握りつぶされてしまいそうな手。実際、握られたら人間の頭なんかひとたまりもないだろう。
「おいおいちょっと待てよ、何かの映画の撮影でもやってるのかよ!ホログラムにしちゃリアルすぎるだろ!」
当夜は後ろに後ずさりつつ、思わず全力で叫んでいた。いや、叫ばずにはいられなかったのだ。今まさに、今までの当夜の『日常』はこの得体の知れない物に壊され、新しい『日常』が生み出されようとしているのだから。
今まで積み上げてきた『常識』が意味をなくしてしまうかもしれないのだから。
そして、ついに手が動いた。いや、空間を引き裂こうとし始めたのだ。開きづらい襖を両手で無理矢理こじ開けるような、そんな感じだ。
「何が、始まろうとしているんだ・・・・何かが来るのか?」
空間のひびから五メートル程離れた所で当夜は、ごくり、と喉を鳴らし生唾を飲み込んだ。
その『ごくり』という喉の音を合図にしたかのように、ついにその巨大な手が思わず耳を塞ぎたくなるような轟音と共に空間がついに引き裂いた。
「な・・・・・ん・・・だ」
引き裂かれた空間から出現したものを目の当たりにし、当夜は声にならない声を上げた。当夜は、まるで何かにとり憑かれてしまったかのように、呆然とそいつに目をやった。
そいつとは、

 十メートルはゆうに超えているであろう巨人だ。

 髪は肩にかかるくらいのウェーブがかった黒髪。睨んだだけで全てをひれ伏させてしまいそうな威圧的な目。人間ではいくら鍛えようが到達することが出来ない肉体。その腕にはごくごくシンプルな十字架に蛇が絡みついている紋章。腰にローブを巻いている以外、身につけている服はない。身につけている服はそれだけだが、その他に身につけているものがある。
それ真紅に燃え上がる炎だ。
真紅に燃え上がる炎が巨人をとりまいているのだ。まるで、炎で自らの身を守るのではなく、炎が巨人を守るかのように。
そして、更に特質すべきものは巨人が左側の腰に差している五メートルはあろうかという細身の長剣だ。その長剣は、まるで太陽の光を凝縮したかのように光り輝き、その周囲を三匹の大蛇が絡み合うように炎が絡み合っていた。
 この一体だけが織りなす炎の熱で髪の毛がチリチリと焦げる。いや、あまりの熱さに皮膚が溶けるんじゃないかと当夜は思った。
体全体を焼き尽くすかのような灼熱のような熱さ、心を蝕んでなかなか消えようとしない圧倒的な恐怖に当夜は『死』という一文字が当夜の脳裏を横切った。
「ははは・・・・・・・・・・・・冗談だろ・・・・?」
巨人は冗談ではないと言わんばかりに、当夜のことを両目で射抜き、構えをとる。
左足を前に出し、長剣を腰から右手で抜き取り、右拳を右の頬まで引き、左手を長剣の腹に添え、切っ先を相手に向け、右の頬の横で一角獣の悠然とした角の如く構える。それでいて、それが一番楽な姿勢なのかのように自然体で全く隙がない。
この構えは、明らかな『突き』体勢だ。
当夜には、もはやこの現状は自分のこめかみに拳銃を突きつけられ、発砲までのカウントダウンが始まっているのと同じだった。
この今から繰り出されるであろう『突き』を避けられる自信など当夜にはほんの一グラムだってない。
部活動で剣道やフェンシングなどの競技をやっていなかったから、とかそういう問題でもない。そもそも剣道やフェンシングの世界チャンピオンクラスの人間でもこの状況なら避けられるわけがない。例え、試合では避けられるとしても、それはあくまで試合の話だ。
戦う覚悟を決め、心の準備をして精神を落ち着かせているからであってこの咄嗟の状況、ましてや未知の体験の中で完璧な動きを出せるわけがない。
そう、当夜に待っているのは絶対的な『死』
そう、当夜を取り巻くは死という名の『絶望』
 ストン、と腰が砕けたように尻もちを尽き、当夜はこの絶望の中、魂を抜き取られ自我を失ったのかのように、ははは、と断続的に笑うことしかできなかった。
 当夜は、尻もちを尽きながら、無意識的に後ろに後ずさる。
 巨人は、当夜に狙いを定め、必然的に重心を更に下げる。
 

巨人が動いた。
作品名:メギドの丘 一章 作家名:たし