小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
文殊(もんじゅ)
文殊(もんじゅ)
novelistID. 635
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

樅山一家とまっくろの烏丸

INDEX|3ページ/3ページ|

前のページ
 

 笑って手を振る。その姿に恐怖をおぼえて九治は拳を握った。悪意はない。ないからこそ、恐ろしいのだ。怖がる九治の拳の上にそっと、ひやりと冷たいけれども、安心する手が触れる。はな江は木の枝にいる烏丸を、八雲を見たようなのとは比べ物にならないほど強い視線で見つめていた。
「隠れるために、樅山となったのに……あなた」
 五十年も保てなかったわ、と呟く彼女の皺のよった細い手を握り返すこともできず。九治は八雲の背中を見つめることしか、できなかった。
「フクロウを狙うカラスは、もう、男か女かなんて大した問題じゃない」
 事情を一切知らされていない九治は、噛みしめていた乾いている唇をようやく開いて、「……十和子じゃなくて、よかったのかな」と口にした。
 それを間違いなく聞いているはな江は、静かに首を振って「誰も、やらないと言っただろう」とそれだけ口にした。
 良く通る思い出の大きい彼女の声は今、微かに震えていた。

 八雲は、どうなるのだろう。
 九治はあの時山で烏丸が見せた寂しげな表情に、並々ならぬものを今更ながら感じ始めた。あんな顔を見せるほど、八雲が大事な親友なのだと。それなのに、はな江の話を聞けば聞くほど、八雲が親しげに「烏丸」と呼ぶほど。
 不安が増していった。
「フクロウはね、カラスに恨まれているんだよ」
「……それ、昔よくじいちゃんが話してた」
 一定の期間から話されなくなったそれを、今この瞬間に再び口にされて、九治は嫌な予感を拭いきれないまま、思い出を口にした。はな江が、頷く。頷きによって、より増した状況の悪さ、流れる冷や汗。
 嘘だ、と口を微かに動かすだけ。ここまでの状況だけで、九治はもう脳内のキャパシティのほとんどを奪われてしまっていた。
「そうね、お前たちには昔話として、話していたわね」
「現実、なんだ」
 苦々しく口にした九治に、そうね、とはな江はもう一度肯定の言葉を発した。口内が渇いて、麦茶を飲もうと思ったけれども、既に空だった。氷が融けて、わずかな水となっている。それを口にする気にもなれず、九治は全然湧きだしもしない唾を飲み込むように喉を動かすことだけはした。

 フクロウは、カラスに恨まれている。
 それは、幼い八雲と九治に祖父がよく語った昔話だった。今の状況と合わせて語れば面倒なことになる。だから九治はとりあえず、昔話だったそれだけのことを考えている。

 白い鳥だったカラス。
 美しい姿に焦がれてた。
 フクロウの染物屋へと羽ばたいた。
 「綺麗な色に、しておくれ」
 白い羽出し、そう言った。
 フクロウ考え、考え抜いた。
 黒地に金銀、模様を描こう。
 きっと綺麗になるだろう。
 ところがフクロウ、言わずにやった。
 カラスの全身、闇に紛れる黒へと塗った。
 怒ったカラスに追い掛け回され、夜しか表に出られない。
 カラスは今も、怒ってる。
 怒ったカラスは、神様の使い。
 神様に言ってフクロウを、傍に置いておくことにした。
 フクロウ逃げる、カラスが追う。
 日の高いうちに山へ入るな。
 カラス、カラスが狙ってる。

「なんで、家が関係あるんだよ」
 幾分落ち着いた、というか半ば諦めたような声で、隣のはな江に九治は問いかけた。はな江も、普段通りの姿に戻り、あっさりと口を開く。
「樅山家はね、フクロウの末裔なんだよ」
 その到底信じられない内容の言葉を何でもないように口にした彼女に、思わずそのまま頷きそうになり、首を振る。違う、違う、と振ってから眉根を寄せて「末裔……」と言った九治に、はな江は「ご先祖様が、フクロウなんだよ」と説明を加えたが、言いたいことはそうではない。
 フクロウはどうやったってフクロウであり、人間ではない。そう言いたい。
 傍に置いておくことにした、フクロウ。その末裔が、自分たち。
 染物屋でもないのに、フクロウの一切の文字を含まない苗字なのに。
「なんでだよ、なんで……」
「モミヤマは、フクロウの種類だ」
 少し苛立ったように口にした九治に答えたのは、はな江ではなかった。八雲の傍に立って、笑っている。烏丸だった。
「モミヤマフクロウから、ヤクモやキュージのじいさんは苗字をとったんだ」
 だろう、と意地の悪い笑みを浮かべて、烏丸ははな江を見つめながら問いかける。はな江は何も言わない。ただ、隣部屋にある薙刀をいつ取り出して振り回さないか、九治はひたすらに心配になった。
 まさに、一色即発とは、この空気を言うのではないだろうか。
「この、色ボケじじいめ!」
 はな江の発した驚くほど激しい悪口に、九治だけでなく八雲も目を丸くした。なおも笑っているのは烏丸だけで、はな江は鼻息荒く、その勢いで「孫と同い年の風貌して誑かそうだなんて、いい度胸してるじゃないか!」と床を拳で叩いた。その振動が痺れた足に伝わって、九治の足にまたじわりと麻痺の感覚が広がった。
「じじいに孫が誑かされたら、もっと嫌だろうに」
 ハナエは変わってるなぁ、とのんきな声で烏丸は口にした。