【完】恋愛症候群【過去作】
曇空ロンリネス
「じゃあ、別れようか」
冷たい声で、千歳はそう言った。
さっきまで繋いでいた手が急に寒くなって、俺は『しまった』と思った。
「そんなに綺麗な女の子が良いなら、そういう子を探して彼女にして」
いつもの笑顔は消えて、表情が読めない目で俺を見据えたまま、だけどどこかうざったそうにして彼女は言った。
「人に理想を押し付けないで」
それだけ言うと、千歳は踵をかえしてさっさと一人で行ってしまった。
後を追いかける事も出来ず、俺はただ曇空の下しばらく一人で立ちつくしていた。
「(どうしてこんな事になった?)」
俺はただ……、
「でさ、千歳がさーもう、マジで可愛いんだってば」
俺がそう言うと、タカシが『よっ』と合いの手を入れた。
「出ました、アキラ君のノロケ!」
「ったく、あんなお子ちゃまな奴のどこがいいんだか」
「うるせー、黙れよタカシ!シュウ!」
いつもの仲間
「お前、林千歳に不満とかねーのかよ」
いつもの日常
「へ?」
いつもの会話
「そーそー、アキラ君、麗子ちゃんや七海ちゃんにもアプローチされてんのに……それがなんで林ちゃん?」
俺の彼女、林千歳は少し変わっていた。
他の女子みたいにやたらケバく化粧したり、髪を染めたりしなければ、香水だってつけない。
本人曰く『化粧は好きじゃない』そうで…。そんな千歳は、そう。所謂童顔だった。
ただ単に若いとかそんなんじゃない。本当に小学生にいても違和感がない程に幼いのである。
性格もまさに子供で、喜怒哀楽が激しく。
……そういえばクラスの女子は『子犬みたい』と言っていたな。
「不満、か」
「お」
「あんのっ?」
ただ一つだけ、あるとすれば、
「可愛いすぎる所かな…!」
そう言った瞬間、シュウからは筆箱が、タカシからは教科書が飛んできた。
なんだよお前ら、あの可愛いさは罪だぞ、罪!
まぁ俺も、よく考えてみるとなんで千歳がそこまで化粧とかを拒否するのかが不思議で。
で、いつもの帰り道、二人で手を繋いで歩いてる時に言ってみたわけだ。
「なー、千歳ー?」
「んー?」
俺より頭2こ分下の所で、千歳が返事をする。
上から見ていると、歩幅が気になるのか、千歳は顔を下げてじっと足をみているのがわかった。
「化粧しないの?」
「やだ」
即答だった。
「なんで?」
「嫌だから」
なんだよその理由……。
「綺麗になると思うんだけどなー」
「アキラは、」
そこでやっと千歳が顔をあげた。
夕陽で見えないが、少し眉をしかめているのがわかった。
「綺麗な女の子の方が好き?」
あれ?
あれれ?
これはもしかして嫉妬?
「……好きだよ?」
こう答えれば、明日化粧とかしてきちゃったり?
「そっか」
千歳は見上げていた顔を自分の元の目線に戻すと、俺の手からするりと抜けて、2、3歩軽やかに歩き、俺の方へ振り返った。
「じゃあ、別れようか」
そして冒頭へ戻る。
ゆっくりと我にかえる。
薄暗い道、もう千歳の温もりなんてない手を見て、確かめるように開いたり閉じたりさせる。
何度やってもこれは現実で。
そして現実は現実のままで。
結論、
俺達は別れた、らしい。
作品名:【完】恋愛症候群【過去作】 作家名:木白