【未】螺子
はじまりのまえ
それはとても小さくて質素だが、おそらく家の中では一番綺麗で落ち着いた不思議な部屋だった。
熟れた桃のような良い香りがほのかに満ち、庭に面した窓からはコモレビがちょうどよい具合に射すのだ。
『入ってはいけないよ』
そう言われればきになり入りたくなるのが人の性であり、少年もまた父親に言われた禁を犯し、離れにあるその部屋へと初めて踏み込んだのであった。
その部屋には少女が寝ていた。
齢十五、六あたりか。それとももっと上かは見当もつかなかったが、少年よりは確かに年上のようにみえた。
しかしこの少女はいったい誰であろう。
自分の気配に気づく様子もなく寝ているのだ。
栗色の髪、白いふっくらとした頬。少年はどうしてもこの少女と話をしてみたくなった。
「ねぇ」
呼んでみるが、起きる気配はない。
今度はもっと強めに呼んだが、それでも起きない。
それでも諦めず少女が起きるまで待とうと座り込むが、そのうち遠くのほうから自分を呼ぶ声に気がついた。
父上にばれたら怒られる。
少し怖くなった少年は、寝ている少女に「また来るよ」とだけ声をかけ、その部屋を後にした。