連載 たけこさん (終)
11話 エール!
「おっ、海老出さんやないですか、おはようございます!」
スーパーで買い物をしていた海老出鯛子は、背中に聞く声にギクッとした。恐る恐る振り向くと、そこにはやはり山谷富士夫が買い物かごを下げて、にこやかに立っていた。
先日見た悪夢を思い出した。あろう事かプロポーズされたのである。微笑の中の眼がぎらついているようにも見える。
ぎこちない微笑みを貼り付けて、
「あっ、おはようございます。今日は奥さんは?」
「ほれ、駅前に新しいケーキ屋ができましたやろ、『梅田ロール』たらいう有名な店。今日が開店日やゆうんで並びに行きましたわ。この前巻き寿司でのど詰まらしてえらい騒ぎ起こしましたけどな、今度はロールケーキで詰まらすんちゃいまっかな、あっハッハッハッ」
(参照:『政治・社会 憂さ ばなし』より【超高齢者社会】)
☆
10時開店の『梅田ロール』に山谷岳子は8時から並びに行った。それでもすでに長い列ができている。開店初日は1種類のみの販売で、ロールケーキが半額で買えるのである。
ちょうど5人置いた前に見知った人がいた。後ろから肩をチョンチョンとつつく。
「小矢野さん、久し振り! 果歩吾君、元気にしてる?」
小矢野翼芽の息子果歩吾と岳子の息子峰夫とは、小・中学校で何度か同じクラスになり仲も良かった。共に37歳である。果歩吾は成績がよく、最難関である東京の途或大学を卒業し、一流企業で営業職に就いていたらしい。
小矢野翼芽は息子の世話のために、夫と娘を残して東京で暮らしている、と聞いていた。
「それがねぇ、上司とウマが合わへんで・・・上司の頭が固うて・・・それに果歩吾ちゃん頭切れるさかいに嫉妬しはるんよ。それでね、そんな会社辞めなさい、ゆうてこっちに連れて帰ったとこ、就職先、探してあげないと・・・」
「結婚は?」
「果歩吾ちゃんにふさわしいお嬢さんて、いないんよねぇ、フーッ」
と言って前を向いた。
峰夫はそこそこの成績でそこそこの大学を卒業し、名の通っていない小さな会社に入って、だからこそ中枢的な仕事を任されるようになり、充実した生活を送っていた。
そういえば富士夫が言っていた。
『40年過ごす会社や、そら人間関係が第一条件やないか。人間関係のええとこやったら、やりたいことも自分で見ィ出せるようになるもんやで』
そやけど、その人間関係のええ会社をどうやって見つけ出せ、ゆうんやろな、と考え込んでいるうちに順番が回ってきた。
「10本ください」
めまぐるしく動き回っている店員たちは、お互いに声掛け合いながら楽しげに接客にあたっていた。実にいい表情が伝わってきて、待ちくたびれた気持ちを和らげてくれる。雰囲気が良い。
そうかぁ、ひょっとしたら自分自身の、言葉だけやない、前向きのオーラが一番大事なんかもしれんなぁ・・・
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作品名:連載 たけこさん (終) 作家名:健忘真実