連載 たけこさん (終)
1話 敬老会
3段重ねの鏡餅がゆらーりゆらりと漂っていた。
少し視線を上げると・・・白壁に赤々とした、大きく裂けた口が開いたり閉じたり。
これは夢に違いない、悪夢の中にいるのだと思いあたって、わきに押しやられていたシワシワのタオルケットを頭からかぶり、目を閉じた。
そのタオルケット、いきなりはがされて
「アンタ、起きたんやろ、これ見て」
「なんやいきなり、夢見が悪いさかいもう一回寝なおすんや」
と言いながら寝返って目を開けると・・・夢の続きがそこにあった。
「そのかっこ、どないしてん」
「今日の敬老会で踊るんです」
「敬老会? 招待されたんか?」
「ボランティアです! 招待されるんは75歳以上の人ですねん」
「それにしても、乳カバーはないやろ、ええ年して恥ずかしい」
腰から足首までの、大きな花をあしらった長ーいスカートをひらりひらりと揺らして、両手をそろえて右に左に動かしている山谷岳子は65歳。
「ララリラララリラララーーラー」
白いお腹も一緒になって波打っていた。夫の富士夫とは同い年である。
小学校の体育館を借りて、地区の福祉委員会主催で行われている敬老会。
約120人の招待者と、30人ほどのお世話をするボランティアが共に食事をして、はずれなしのビンゴゲームで品物をもらって帰るのである。
そこでは毎年違った演し物が用意され、今年は岳子が加わっている、フラダンスグループに声がかかった。
岳子はフラダンスを始めて6カ月にもならないが、見よう見まねでこなせるからと、10人の中のひとりとして、参加を頼まれたのである。
後列右端で踊っていたが、みんなの視線は前列中央にいる若い女性に集中していた。が、岳子は知らない。
終わると、盛大な拍手が起こった。
岳子は充実感と爽快感を味わっていた。
数日後、一番前にいたおばあちゃんと出会った。
「私敬老会の時、フラダンス踊ってたんですよ。いかがでした?」
「ヘェ、気ィ付きませんでした。真ん中にいる人ばっかり見てましたからなァ、きれいなお人でしたなァ、スマートやし」
家で岳子は、富士夫に向ってつぶやいた。
「だーれも見ててくれはれへんかったんかなぁ」
「そりゃ良かったやないか。悪夢にうなされて天国に召されてたら、後味が悪い」
「なにが悪夢ですか!? ま、私も元気もろて帰ったから、良し、としときましょか」
と、テレビを見ている富士夫の前で、ゆるゆると踊ってみせた。
作品名:連載 たけこさん (終) 作家名:健忘真実