アイドルトマト
研究室の荷物をまとめ、会社から数分の距離の駅にたどり着いたその時、突如として後ろから爆音が聞こえた。一瞬、どこかの馬鹿なロボットが電柱にでもぶつかったのだろうと思ったが、駅内にいた人々のざわめき声に、気になる単語が聞こえた。
『――アスバオ会社が……』
「おいっ」
おれは慌てて、その声の主を捕まえた。腕をつかまれた若い男が、困惑した顔でおれを見る。
「アスバオが、どうしたって」
「い、いや……なんか、社内テロがあったらしいですよ。会社の敷地内に爆弾をばら撒かれた、って……」
「なんてこった!」
おれは慌てて、来た道を駆け戻った。
確かに、大企業であるアスバオは、子会社の利益も吸い取ってしまうために恨まれることも多かった。だが、屈強な警備ロボットと監視カメラ、防犯用赤外線に阻まれて、大抵のテロ・スパイ行為は未然に防がれていた。それが今日、つい先ほど、破られたというのだ!
「とまっちゃん……! 無事でいてくれよ……!」
おれは心の中で念じながら、消防車や救急車、パトカーらと共に会社へたどり着いた。そこは、ついさっきおれが後にした場所とは思えないほどに、火の海に飲み込まれていた。残業でもしていたのか、惨事に巻き込まれた人たちの救助作業に明け暮れる消防隊員の傍をすり抜けて、おれは研究栽培棟へ走った。猛烈な熱さと煙に視界を遮られるが、そこは通いなれた社内のこと、数分もしないで目的の場所についた。とまっちゃんの栽培室である。
「とまっちゃん、とまっちゃん!」
とまっちゃんが生えている場所へ一目散に駆け寄ると、そこにはすっかりしょげたとまっちゃんの姿があった。どうやら火の粉に燃え移られずに済んだようだ。だが、絶えることのない煙に呼吸を妨げられたようで、目から涙を溢れさせていた。
「そこにいるのは、管理人さん……?」
「そうだよ、とまっちゃん!」
おれは、とまっちゃんを煙から守るために両手を広げて、彼女を覆った。とまっちゃんはほんの少しだけ薄目を開けておれを見た。
「管理人さん、私の出荷時期、決まった?」
おれは肯いて、彼女をもぎ取ってしまった。とまっちゃんはじっと動かない。ただ、心を決めたようにおれをじっと見ていた。おれも、彼女を見て、微笑んで見せた。涙でぼろぼろの視界の中で、彼女がどんな反応を見せたのかは分からなかった。
「なあとまっちゃん、最後に冗談を言っても良いかい」
「ええ、良いわよ」
とまっちゃんを口の中に入れる直前、おれは呟いた。
「食べたくなるほど愛していたよ」