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VARIANTAS ACT 17 土曜の夜と日曜の朝

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Captur 2


「ふぅ…」
 彼女は大きく溜息を吐いてから煙草の煙を燻らせ、頭を掻いた。
「だいぶ面倒臭い事に巻き込まれてるよね、アンタ」
「みたいですね」
「みたいですねって、そんな人事みたいに…」
「人事じゃないです。ただ、冷静なだけ。だって先生の作った物だから…。h2もh3も、必ず役に立つって信じてますもん」
「ねえ、グレン」
「はい?」
「アンタ、なんでここまでするの?」
「え?」
「アンタくらいの女の子だったら、休日には目一杯ショッピングして、スイーツ食べて、ネイルして、エステ行って、スパ行って、合コン行って…。遊びたい放題じゃない。なんで?」
「決めたからですよ」
「決めたって何を?」
「共に戦うって。彼と一緒に戦うって」
 真剣な表情でそう答えるグレンを見て、女はしばらくしてから、ニヤニヤと笑い出した。
「ははーん…成る程ね…」
「はい…?」
「社を飛び出してまで追っ掛けた男」
「は…?」
「でも彼は偉い軍人さん…。社会に引き裂かれる私と彼。あぁ…私は不幸なヒロイン〜、みたいな?」
「えっ? ええっ? ち、違いますよ!」
「頬っぺた赤くして何言ってんの」
「そうじゃなくて…、私はそんなんじゃ…。それに大佐にはエステルが…」
「ああ、寝盗られか」
「違います!! 大佐とエステルは…、何と言うかその…とにかく違います!」
 女は、ムキになるグレンを見ながら、煙草をかじってケラケラと笑ってから、安心したようにグレンに言う。
「本当、アンタだけは…。アンタだけは昔と何も変わらないな」
「先輩?」
「アンタが本社から研究所主任になってサンヘドリンに行っている間に、私は不祥事で島流し。世の中も、周りの人間も変わっていく中で、アンタだけは変わらないでいてくれた」
 彼女はグレンに言う。
「付き合ってやるよ。最後まで。アンタだけじゃ危なっかしくてしょうがない」
「そんな先輩まで…!」
「毒を食らわば皿まで。それに…、あの野郎の鼻っ柱へし折ってやるいいチャンスだし」
「え? あの野郎って?」
 不思議そうに聞き返すグレンを遮るように、女はデスクの上に積み上げた硬貨を数枚取り、グレンに手渡した。
「グレン、悪いけどラテ買ってきて」
「え、今ですか?」
 彼女はグレンに、空になった紙コップを振って見せる。
「ハイハイ、ノンカフェインの砂糖抜きですよね」
「お、分かってるね」
「当たり前です。何年も先輩のお使いして来たんですから」
 席を立つグレン。
 その時だ。
「あ、ついでにさ、購買部でパンツ買ってきて」
「え? パンツ?」
 彼女は自分の下着を指差しながら言った。
「コレ、三日目なんだわ」
「…………」




***************





 ウイスキーの中に浮かんだ真ん丸な氷が、グラスの中で満月のように輝いている。
 土曜の夜だと言うのに店の客入りは疎らで、カウンター席に座る彼女を入れたら、4人しか居ない。
 行きつけの店と言う訳ではないが、気が向くと行く。
 尤も、休日になると客足が遠のく、不思議な店だが。

 ――外したくないんだ。
 レイラはグラスを見つめて、その言葉を何度も反芻する。
 ガルスの薬指にあった、シルバーのリング。愛する者との永久の愛を示す、誓いのリング。
 だが、彼が愛を誓った者は、もうこの世に居ない。
 だが、彼は指輪を未だに着けている。もう存在しない者の為に…。
 彼女は、彼に問うた。
 「なぜ指輪を外さないのか」と。
 彼は、「分からない。ただ、外したくない」と答えた。
 そうだ、世界に存在しなくとも、彼の心の中には、未だに… 
「あら、珍しい人が居るわ」
 彼女は声のした方向に振り向く。
 店の入口のドア。
 そこには、何故かエレナが立っていた。




***************




 ――お前は誰かに似ている気がする。
 私が一体、誰と似ているというのだ。
 私が、人間などに。
 お父様の敵であるディカイオスは、私の敵でもある。
 そして、ディカイオスにとっても、私達は敵だ。
 なのに、ディカイオスは私にとどめを刺さなかった。
 敵である私を、見逃した。
 訳を問えばディカイオスは、銃口を下ろし、背を向け、そう答えたのだ。
 そう、敵に背を向けてだ。
 解らなかった。
 理解出来なかった。
 だが、その事を思い出すたび私の思考中枢の中に、不明瞭で意味不明な感覚が沸き上がってくる。
 その感覚は、やがて大きくなって、ようやくその形を現した。
 ディカイオスを超えたい。
 ディカイオスを倒したい。
 そして、ディカイオスの事をもっと知りたい。
 私は初めて、人間の事をもっと知りたいと思った。
 ディカイオスに乗っている人間は、一体どんな人物なのか…。
 この目で見てみたい。
 触れてみたい。
 何故それほどまでに強く、優しいのか。
 私は知りたくなった。 




***************




 浮かぶ氷を揺らしながら、二人はグラスを付ける。
「誰への乾杯?」
「全ての独身女性に」
 エレナの答えに微笑むレイラ。
 レイラはウイスキーをロックで、エレナはモスコミュールをゆっくり口に運び、お互いを見つめ合う。
 同じ組織内、人伝えの接点はあったから、お互い知らない仲ではないが、このように腰を据えて呑むのは初めてだ。
 まして、生活のリズムに交差点が無ければ尚更。
「ここ、よく来るの?」
「いえ、時々…」
「そう。私は初めて。こんな偶然、運命かも」
「運命…ね」
「あら、悩み事?」
「え?」
「悩んでる顔もいいけど、いつもの落ち着いてる表情の方が私は好きよ?」
「なんか、口説いてるみたい」
「そう思ってもらっても結構だけど、今はあなたの話の方が興味があるわ」
 レイラは少し困った表情でウイスキーを一口。
「私の事は、いいわよ…」
「恋の悩み?」
 酒のせいか、レイラの頬がほんのりと赤くなる。
「照れなくてもいいでしょう? 処女じゃあるまいし。それに私は心理学者よ? 話さなくても聞き出しちゃうんだから。相手は誰?」
「………」
「ケスティウス司令?」
「………」
「あら、図星…?」
 レイラの頬が、更に赤くなる。
「でも…彼には奥さんが…」
 エレナの目が輝いた。
「あら、大胆。職場不倫」
「そうじゃないの…。彼の奥さん…天国に居るから…」
「最近?」
「昔だけど…」
「なら良いじゃない。汝、隣人の夫を欲してないわよ」
 聖書の文句を捩って笑うエレナだが、レイラの顔は暗かった。
「でも…、彼の中にはまだ、奥さんは生きているのよ…。彼…、まだ指輪をしているの。きっと、ずっと外さないで来たのね…」
「彼はあなたの事をどう思っているの?」
「聞けないわ、そんな事…」
「何故?」
「失うのが…怖くて…」
 エレナは大きくため息をついてから一言。
「ねえ、レイラ。あなたケスティウス司令と寝たいと思った事はある?」
「え? なぜ急にそんな…」