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VARIANTAS ACT 17 土曜の夜と日曜の朝

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Captur 1


 立ち込める煙に噎せつつ、タワー型コンピューターの森を抜ける。
 部屋の排煙機能は全く作動しておらず、備え付けられた火災探知器さえも、壊された壁から引きずり出された防災システムに繋がるケーブルを、物理的に断ち切る事で無力化。
 足の踏み場が無い…とはまさにこの事で、床を這いずる無数のコードの束が、ただでさえ煙で不明瞭な視界の中の彼女の歩みをさらに阻害していた。
 一歩、前に進む。
 破壊音。…何かを踏んだらしい。
 足を上げる。
 ディスクだ。
 …見なかった事にする。
「先パーイ、居ますかー?」
 虚しく響くグレンの声。
 暫く経って、煙の向こうからハスキーな女性の声が返ってくる。
「グレンか?」
 その部屋の主は、部屋の最奥に鎮座していた。
 無数のモニターに囲まれた、コンソール一体型の机。机横の、かび臭そうな簡易ベッドと毛布。
 彼女自身も、ヨレヨレのTシャツにパンツ一丁、くわえ煙草に、目の下のくま。目鼻立ちは調っているが、血色はすこぶる…悪い。
「先輩 スモークチキンになっちゃいますよ?」
「チキンじゃなくてチーズ」
 女性はそう言って、伸ばし放題のボサボサな髪をかき上げる。
「チーズじゃ発酵しちゃってるじゃないですか」
 女性の自虐ネタにツッコミを入れるグレン。
 しかし、そう言ってる最中も…
「かゆ…」
「もう! 人前で股掻かないで下さい! お嫁に行けませんよ!?」
「婚期逃した三十路女に言う事じゃないよ、それ」
 女性は煙草をくわえたまま、ゴミ溜めのような机に向かい、キーボードを叩きながらグレンに問う。
「で、何の用?」
「この間お願いしたデータの解析、終わりました?」
「データ? ああ、ちょっと待って」
 女性はそう言うと、くわえていた煙草を、吸い殻で山盛りになった灰皿に押し付けながら、机の上を漁り始めた。
 紙の山が雪崩を起こす。落ちたディスクは床を転がって四方に散らばり、あちこちに。
 ああ、あのディスクはこう言う事だったのか。と、妙に納得したのもつかの間。
「先輩、机の上くらいちゃんと片付けてくださいよ…」
 見かねて、散らばる残骸達を拾いながら抗議するグレン。
 しかし。
「片付いてるよ、これ。お、有った有った」
 女性はグレンの抗議を、片付けられない人得意の言い訳で華麗にスルーしながら、ディスクを手に持った。
「前以て言っとくけど、物理は専門外。手元にある情報を客観的に全て集めて再構築したのが、これ」
 ディスクを机のスリットに挿入。
 モニターの一つが切り替わり、すぐに映像が始まる。
 それは、ある機体をワイヤーフレームで再現したCG映像だった。
「なんせ、情報があんたからのディスク一枚なんでね、苦労したわ。役立つ?」
「すごい…、十分ですよ先輩!」
「そりゃよかった。でもさ…」
 屈託のない笑顔で微笑むグレンに、女性は肩をすぼめながら、上目使いで眉をしかめる。
「こんなこと、私に頼んで大丈夫なの? 部署がちがうでしょ」
「大丈夫じゃない、かな…? でも、先輩には迷惑掛からないように…」
「私じゃなくて自分の心配しなよ」
「…いざとなれば、行くところが有りますから」
「そう、羨ましいわ…」
 女性がEnterボタンを押すと、ワイヤーフレームの機体はモニターの中で動き始めた。
 機体は“HMA‐h3I”。
 データは、リセッツクロウのブラックボックスからコピーした物だ。
「さて、これを見た時はたまげたわ。これ、ホントに本物の戦闘か疑ったくらい」
「言いたい事はわかりますよ、先輩」
「ああ、一言で表すなら…」
 二人の声が重なる。
「「化け物」」
 モニターの中では、リセッツクロウが敵機の群れと戦っている。
「カタログスペック超えてるでしょ、これ」
「ええ、それに機体各所の荷重バランス数値が異常です。グラビティドライバーで機体各所の荷重バランスをリアルタイムで制御して加速度と減速度を調整しているんでしょう」
 モニター内の戦闘で、リセッツクロウが“ヒウジ・プーベ”への体制に入った。
「この駆動スピード…末端の速さは音速を超えてますね」
「あ、これこれ、この変な技みたいな奴。これナンタラ体術とか言う…」
「機甲体術」
「そうそう、機甲体術。これ、こんな技をHMAでやるなんて、どうかしてるわ。ボアサイトもオフボアサイトもみんなミソクソになって…」
「先輩…、彼、最初から火器類手動管制ですよ」
「そんなアホな…」
「先輩も今、化け物って…」
「それは機体の事だ。見てみろ」
 彼女は映像を早送りさせてから、リセッツクロウがグラビティナックルを振り上げるシーンでコマ送り再生。
「ほらここ」
 映像内でリセッツクロウは、超高出力のグラビティナックルを展開した後、もののコンマ数秒で敵機の群れを突き抜けている。
「素人目で見てもわかる。グラビティナックルの出力以前にこの加速度。機体は瞬時に加速して、その最大加速度は100Gオーバー。リセッツクロウがどんな高出力の重力制御とスラスターを持っていても、瞬間的にこんな加速をするのは無理だ」
 モニターを見つめながら、グレンが呟いた。
「これ、もしかして重力波推進かも…」
「重力波推進? 宇宙用艦艇とか、サンヘドリンのディープフォレストとかに使ってる奴?」
「ええ。でもリセッツクロウの場合はアプローチが違う。リセッツクロウは“推進方向”に莫大な量の重力波を瞬間的に放射、その作用で推進したんですよ」
「つまり?」
 グレン曰く。
 リセッツクロウは、推進用の重力波を放射する前にまず、機体を強力な重力場で形成された真球殻で被った。ここまでは、普通のグラビティシールドと同じ。
 しかしその後リセッツクロウは、機体内部から機体前方に、グラビティードライバー用の重力子跳躍素子を用いて重力波を断続的に放射。重力波は空間作用点にマイクロブラックホールを生成。ブラックホールは瞬時に消滅するが、真球殻の発生源である機体を、球殻自身は置いて行く事が出来ない。結果、機体はブラックホールの生成と吸引、消滅を繰り返し、高速で推進する。
 次の瞬間、リセッツクロウは右腕のグラビティナックルで真球殻を内側からつっつく。
 つっつかれ、形を乱された球殻表面には強烈な潮汐力が発生。
 その力場に触れた物は何であろうと圧搾され、縮退し、純粋な熱エネルギーと化す。 
「これが、この加速とグラビティナックルの正体です」
「おい、そんな潮汐力どこから出力したんだ?」
「マルバス・エンジン」
「マルバスエンジン?」
「正式には“E144‐G” リセッツクロウに搭載された新型のトカマク型融合炉の通称です。GRASと炉を直結させた型式で、普段はリミッターが掛けられていますが、リミッターを解除することで莫大な出力を行使出来るようになる」
「ちょっ、ちょっと待て!」
 女性は頭を掻きむしった。
「あんたら、一体何を造ろうとしてんだ?」
「え?」
「これ、普通の人間じゃ手に余る代物だぞ。そんな機能を詰め込んで量産するなんて、コストの面から見てもナンセンスだし、それに…」
 突然、グレンがモニターにかじりついた。