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奇譚~或いは現代に至る妖怪録~ 其の一

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少女は、迷っていた。
古風な木製の扉には、ベニヤ板か何かで作られた看板がかかっている。
『怪奇現象の調査承ります。お気軽にご相談くださいませ』
「・・・どうしよう」
少女がぽつりと呟いた時だった。
「お、いらっしゃいませー。開いてますから、よけりゃあ中にどうぞ」
狐面を片手に持ち、黒髪に袴を穿いた、古風な雰囲気の青年が出てきた。
「!」
少女は、驚きのあまりに扉から物凄い勢いで離れた。
「大丈夫ですよぉ、わちきはここの店主ですから。怪しいもんじゃあございやせん」
笑いながら、店主だと名乗った青年は手招きをする。
「本当・・・ですか・・・?」
「正真正銘、ここの店主兼調査員でございやす。まあ、つもる話は店の中で。お嬢さん、ご依頼人さんでしょ?」
その言葉に少女が頷いたのを見ると、青年は扉を先程よりも大きく開けた。

        奇譚~或いは現代に至る妖怪録~ 其の一


 店の中では、仄明るい洋燈(ランプ)がいくつか灯っていた。
暖かい日であるにもかかわらず、クーラーが利いているかのように空気が冷たい。
長椅子に座らされ、青年と少女は向かい合う形になった。
「さて、まずは、わちきについて喋っておきましょうか。わちきは・・・そうですね、芥川という名で、この業界じゃ通っておりやす」
「芥川・・・って、芥川龍之介とかの、芥川ですか?」
首をかしげながら、少女は訊ねた。
一瞬だけ表情を曇らせ、次にはもうにこりと微笑みながら、芥川と名乗った青年は頷く。
「いかにも。お嬢さん、今時の若い子にしては、よく知っておりやすねぇ」
「そういうの、親がよく読む人なんですよ。私もたまに読むんです」
はにかみながら、少女は答えた。
 芥川は、席を立ち、奥の部屋の、のれんをくぐっていった。
少女は、何か気に障るようなことでも言っただろうか、と考える。
しばらくして、彼はお盆に2つの湯気の立つどんぶりを持ってきた。
「昼時ですし、よけりゃあどうです?きつねうどんでも」
お揚げののった、まだ熱いうどんを差し出す。
いきなりのことに少々戸惑ったが、少女はそれを受け取った。
「あ、火傷しないように上持ったほうがいいですよー」
言われて、あわててどんぶりを持ち直す。
うどんを啜りながら、芥川は質問を投げかける。
「そういやぁ、名を伺っておりやせんでしたね。お嬢さん、名はなんと?」
「あ、白沢 紅子です」
「・・・ほう、いい名ですねぇ。さぞかし親御さんはお嬢さんを大切にしてきたでしょう」
少し考えるような素振りを見せてから、芥川はまたうどんを啜る。
しばらく、部屋の中にはうどんを啜る音が響いた。
 半分ほど器からうどんが消えたところで、芥川が話を切り出した。
「さて、お嬢さん。この店に来たということは、何かお悩みでも?うちはできる範囲、なんでも引き受けますよ。
 例えそれが、人外の者が起こしたことであろうと、貴女を信頼し、解決策を練りましょう」
紅子はその言葉を聞き、うどんを食べる手を休めた。
 彼女は、口火を切った。
「最近、友達の様子がおかしいんです。授業中にいきなり叫び声を上げたり、うなっていたり、頭をかきむしったり・・・」
「ほかに、おかしいと思ったことは?」
「えーと、口数が少なくなって、いつも何かブツブツ呟いているんです。顔色も悪くなってるし」
ふむ、と頷き、芥川は腕を組む。
「いつ頃からですか?」
「先週からずっと・・・です」
紅子は、どんぶりを少し力を込めて握った。
「なるほど、よくわかりやした。それでは、明日から調査を始めてみましょう。早く解決するように」
芥川は、にっこりと笑って言った。
「はい!ありがとうございます、芥川さん!」
紅子もそう言って笑顔を見せた。
 「ところでお嬢さん、貴女は“邪念”というものをご存知ですかい?」
突然そう聞かれ、紅子はきょとんとした顔で芥川を見る。
「邪念・・・って、なんていうか、その、もやもやした悪意みたいな・・・」
「んー、やっぱり普通の人にはそのくらいの認識みたいですねぇ。なら、少し説明しましょ。
 邪念というのは、人の心に潜む闇の総称ございやす。
 普段はゆるゆると溜まっては消えていくようなものなのですが・・・たまーに、溜めすぎた邪念に妖怪が憑いてしまうのですよ。
 この現代、妖怪は居場所が少なくなった。そこで、妖怪たちは闇を求め、人間の邪念を媒介とし、実体化を果たすのです」
芥川の説明を、紅子はぽかんとした表情をして聞いていた。
怪しげな微笑を見せ、芥川は言葉を続けた。
「まあ、いきなり言われちゃあ理解は難しいですからねぇ。そんなわけでひとつ実演してみましょ」
言うと、芥川は目を閉じた。
そして芥川が目を開けたとき、そこには白い九尾が2人の前にいた。
「やあ、呼び出しですみませんねぇ、朱牡丹」
「何かと思えば、またどうでもいいことで呼び出しおってお前は・・・」
朱牡丹と呼ばれた九尾は、うんざりといった口調で口を利いた。
紅子は、自分の目の前に現れた其れに驚きを隠せていない。
紅子の存在に気づいた朱牡丹は、微かに厳しい表情を浮かべたが、鼻を鳴らした。
「お主、名は」
「あ、えと、白沢紅子・・・です」
戸惑いながら、紅子は自分の前にいる九尾に名を名乗る。
「そうか。我の名は朱牡丹。こやつ・・・芥川の邪念の化身じゃ」
朱牡丹は、芥川に目線を向ける。
「朱牡丹、さっきの話、聞いてらしたでしょ?どう思いやす?」
「低俗な輩の仕業であろう。我の出るまでもない。お前だけで十分じゃ」
ふん、と鼻を鳴らし、朱牡丹は芥川を睨む。
へらっと笑い、芥川は紅子に向き直った。
「では、明日にでもそのお友達を訪ねてみましょうか。紅子さん、後ほど学校に伺ってもよろしいですか?」
「え、でも、先生に怪しい人だと思われちゃいますよ・・・?」
「おや、わちきもそこまで常識知らずじゃあありやせん。黄昏時を過ぎた頃に伺いますよ」
あれ、妖怪って行動する時間は幽霊と違うのか・・・という疑問が浮かんだが、その疑問は朱牡丹に読み取られていた。
「我ら妖怪は黄昏時を好み、その時間を境に本来の力を発揮する。黄昏時に行くのはそのためじゃ。
 何より、昼にそんな行動をする輩のことじゃ、おそらく夜のほうが活発に動くであろう」
ま、凡人には理解しがたいであろうが、と言い残し、朱牡丹は消えた。
「相変わらずですねぇ。まあ、これで実証終了でございやす」
紅子はまだ、目を丸くしてぽかんと立っている。
「妖怪って、想像だけのものだと思ってた・・・。本当に存在するんですね」
「存在・・・というのは少しだけ違いますねぇ。この世にいるものであり、そうではない。相容れるようで、相容れないもの。それが妖怪なのでございやす」
「・・・よくわからないです」
紅子は目を白黒させながら言った。
「まあ、ゆっくり受け入れていけばよいのですよ。それでは、明日の黄昏時にお会いやしょ」
「黄昏時・・・夕方ですよね。わかりました!」
ありがとうございます!と頭を下げ、紅子は店を後にした。
その背を見送りながら、芥川は目を閉じた。
後ろには朱牡丹がいる。
「朱牡丹、気づきやしたか?彼女の血・・・あれは直系ですかねぇ」