人間屑シリーズ
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観覧車の乗船口を視認できる位置まで移動すると、ちょうど高橋が“ウチュウくん”に乗り込む所だった。時刻はと見ると午後五時二十八分。
決して難しい場所に隠したわけでは無い。あの男が地上に戻ってくる迄には十分に探し終わるだろう。
「シロさん」
ふいに背後から名前を呼ばれ振り向くと、そこには崎村カオリが手にクラッカーを持って立ったいた。
「崎村さん……。クラッカーですか?」
私が不思議そうにそう尋ねると、やっぱり崎村は綺麗に笑った。
「そう、クラッカー。これ赤い紙吹雪が舞うんです。観覧車から降りた瞬間にこれ鳴らされたら、彼ビックリするだろうなって」
ふふふと崎村が愉快そうに笑った。その彼女の後ろに彼女の契約者達が見えた。
「彼らは?」
「うん。ついでだからついて来てもらっちゃいました。今から高橋君を仲間に引き入れるわけですし。人数多い方が便利かなって思って」
「そうですか」
そんな会話をしている間にも観覧車はゆっくりと回り、そして高橋が黄色い“ウチュウくん”から降りてきた。
崎村はそれを見るとにっこりと笑いながら駆け出し、彼に向かってクラッカーを打ち鳴らした。
高橋が崩れ落ちるのが見える。
ふと私の携帯が鳴った。相手はと見るとクロだった。私は今まさに観覧車前で契約が始まったという内容を送信した。これで後数分後にはクロもこちらへ到着するだろう。
ダッダッダッダッダという大きな足音を打ち鳴らしながら、崎村とそこから派生した契約者達が高橋に向かって動きだした。
私もその群にまみれながら前進する。
契約者の群れは高橋を中心として円形に彼を囲んだ。
その中心部にいる崎村の元へと向かい、私は彼女に声をかけた。
「おめでとうございます」
「ありがとうございます!」
崎村は私に向って極上の笑みを向けそう言った。
「これであなたは借金を全額返済完了ですね。いよいよですよ、次からはあなたも幸せの仲間入りです」
「はい! 頑張ります!」
突如として始まった目の前の光景についていけないといった風で、高橋は眼をぐるぐるとさせている。
「なんなんだよっ!」
不安を打ち消したいのか、高橋が大声を出す。そんな彼に言葉をかけようとした崎村を制し、私がそのシステムを説明する。
「これはね、幸せの為の儀式なんですよ」
高橋が私を睨みつける。けれど私はそんな事、意にも介さない。ただ説明を続けるだけだ。
「つまりはこうです。あなたは私達の組織と死の契約を交わした。しかし気が変わった。何も珍しい事ではありません。よくある事例です。生き延びる為にあなたはチャンスを買い、現在私達の組織に一千万の借金があります」
崎村は幸せそうに微笑んでいる。
「一千万、普通に働いていては返済はいつになるでしょう? しかし、あなたはラッキーです。とっても幸運なんですよ」
高橋は忌々しそうにアスファルトに拳を打ちつけた。……馬鹿な男。
「メールを送るんです。あなたが受け取ったように。『一千万で殺害されてみませんか?』それだけでいいのです。そしてその相手があなたのように契約を交わせば、あなたの元へは百万円を振り込みましょう」
私はただ言葉を続ける。この男の感情なんて知った事では無い。
「つまり、あなたが十名との契約を成功させれば借金はチャラ。さらにその後の契約は全て現金として入手出来るのです。一人につき百万。ボロイと思いませんか?」
項垂れる高橋の肩にそっと崎村が触れる。
「ねぇ、不思議に思わなかった? なんで君の居場所がいつもバレてるのか」
崎村と高橋が会話を交わす。
高橋はもうボロボロだった。
そんな高橋からふと視線を外すと、クロがこちらへ向かってくるのが見えた。片手を上げて合図をするとクロは小さく頷いた。
「死にたい……」
高橋が漏らしたその言葉が私の耳に届く。私はあるだけの侮蔑を込めて言ってやる。
「いやだなぁ、自殺する勇気も他殺される根性もないって判明したばっかりじゃないですか」
私がくすくすと笑うと、私を中心に他の契約者達にも笑いが広がっていく。
あははははは! きゃはははは! はははははは! という嘲笑が辺りに響き渡る。
体中から力が抜けたような高橋の手を崎村が握りしめていた。
「私は……私は君に生きてほしかった。これだけは本当だよ」
なんて言いながら。当然だ。崎村は高橋を生き伸ばせ、新たなる自分から派生した契約者を増やしたかったのだから。彼女ほどこのゲームを楽しめる人間もそうはいまい。
崎村は高橋の頭を母親が子供にするように優しく撫でた。
「大丈夫だよ。君には私がついてるから」
そう言って高橋を立ち上がらせると、崎村は私に向って微笑んだ。
私もそんな二人を見て笑った。
他の契約者達は新しく増えた不幸仲間に好意的な視線と言葉を送る。それを確認すると私はその群からそっと離れた。