人間屑シリーズ
屑の敗走
クリスマスイブはクロのマンションで二人で楽しく過ごした。
前日に借りてきたDVDを見たり(クロはファンタスティック・プラネットがいたく気に入ったようだった)コンビニで買ったケーキやチキンを食べたり……。
その安っぽさが“恋人達のクリスマス”なんていうチープな響きととても相性が良くて、私達はずっと笑ってばかりいた。
その日の夜、私とクロはお互いの手を握りしめながらベッドに入った。
クロと一つのベッドに入る事はとてもドキドキしたけれど、握りしめた彼の手の白さが闇の中で浮かび上がるのを見ると、心の奥底から安堵して私は深い眠りについた。
*
ピルピルピル、という電子音で目が覚めた。耳なれたこの音は契約者達からのメール着信音だ。時刻はと見ると、正午を過ぎた所だった。どうやらぐっすりと眠りこんでしまったらしい。
瞼をこすりながらメールを開くと、そこには随分馬鹿げた内容が書き込まれていた。
『気が変わったので、キャンセル出来ませんか?』
崎村の十人目の契約者からだった。名は高橋といったか。
どうやら彼は崎村の思惑通りに動き、そして二十五日の今日――崎村の計画そのままに契約破棄を願ってきた。
私はテンプレ通りの返事を打つ。
『それは、契約破棄という事ですね? すなわち即時殺害をご希望ですね?』
数分後、焦燥感丸出しのメールが届く。
『違います! 死にたくないんです。ホントすみません』
本物の馬鹿だ、この男は。そう思いながら返信。
『それを契約破棄というんですよ。困りましたね』
次にこの男がとる行動は警察に連絡するとか、その手の事だろう。
私は崎村のGPS携帯から二人の現在地を割り出し、それをメールする。
『一つ、忠告しておきます。私はあなたを今この瞬間にでも殺せるという事を理解して下さい。下らない考えなど捨てる事ですねあなたのいる場所は…』
「う……」
後ろからクロの眠そうな声。
「クロ、起きたの?」
「うーん……。まだ……起きてない……」
しっかり起きてるじゃない。なんて思いながらも、そんなクロを愛しく思って思わず顔が綻ぶ。クロを気にしながらも、メールを打ち続ける。
『しかし、あなたの希望は銃殺でした。隣に女性がいますね。今、この瞬間だと彼女に当たってしまうかもしれません。困りましたね』
どうやらこのメールは相当効いたらしく、高橋からは続々と懇願のメールが送られてくる。
『訴えるとか公表するとかは絶対にしないから、だからどうか俺と先輩を助けてくれ!』そういった内容のものばかりで、正直うんざりした。
こんな馬鹿だから死にたいなんて簡単に思って、そして簡単に死ぬのを止めるんだ。どこからどう見ても淘汰されてしかるべき人間。
私はほくそ笑みながら決定的なメールを打った。
『分かりました。それでは、あなたには特別にチャンスを与えましょう。そのチャンスの値段は百万円です。ご購入頂けますか?』
メールを送信した所で、背後で布団のめくれる音がした。
「……シロ?」
「クロ、おはよう」
私は振り向いて、クロにそっと微笑んだ。
「うん。おはよう」
クロはまだ少しボーっとしている。日中にはすこぶる弱いらしい。
「崎村が上手くやったみたい。今、契約事項のメール中」
欠伸をしたクロに私はそう伝えた。その間も高橋からはメールが送られ続けている。
高橋は相当焦っていた。はっきり言ってこのゲームは、焦った者が負けだ。冷静になれない者は、決して勝利を掴む事など出来ない。
「クロ、私は今から高橋の家に契約書を届けに行ってくるわ」
簡単に身支度を済ませ、引出しから契約書を取り出す。
「ん……。大丈夫? シロ」
「勿論」
余裕だった。こんな事にはもう慣れていた。
「それじゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
クロの温かくて優しい見送りの言葉を背中に受け、私は真っ白なコートと真っ白なブーツで外へと飛び出す。
外の風は冷たい。それでもクロの買ってくれたこのコートを着ると、心が温かくてたまらなくて、自然と体まで温かいような気がした。