人間屑シリーズ
「ぷっ」
次の瞬間――妻はなぜか吹き出していた。
「あははははは!」
笑い声を立てる妻はとても愉快そうだ。……なんだ? 本格的に錯乱してしまったのか? いや、それでも――
「あなたったら、やっと謝ったかと思ったら何て可愛らしい事を仰るの」
今度は茫然とした。錯乱したと思った妻の宇宙人化が突如として治まっていたのだから。信じられない事にマトモな言葉を喋り出す妻。一体これは……?
「あなた。あなたの浮気の事なんて、二年前から知っていましたよ」
何が始まったのか分からない。
しかし妻は理性的な目をし、私を射るように告白を続ける。
「あなたは私を愚かな女と思ってらっしゃったから、まさか私があなたの隠し事に気付くなんて思いもなさらなかったのね。そして同時に愚かな私があなたを欺くとも思わなかったんだわ」
妻はにこやかに言葉を続ける。そんな……何を……?
「宇宙人……は……?」
間抜けな声が出た。
「宇宙人? そんなものになるわけないでしょう。うふふ」
妻は陽気に笑った。心底楽しそうに。
「でもね、あなた。あなたの態度は見ていてとっても良かったわ。私達、老後も上手くやっていけそうね」
どういう事だ……? 困惑する俺に、回答の分からない出来の悪い生徒を前にした女教師のような優しさをもって、妻からの答えが提示される。
「だって私達には子供がいないんですもの。老後は私達二人だけで助け合って生きていかなきゃならないわ。この一週間あなたが私にしてくれた事は、きっと老後の私を励ますし、あなたにとっても良い経験だったんじゃないかしら?」
その答えで俺はやっと全てを理解した。……何てことだ。
「俺を……俺の苦労を……なんだと……」
責めるような声が出た。が、妻はさして気にもしていない風だ。
「あら、ちゃんと意識のある人間が排泄を間違えるなんて事は、あなたが思う以上に大変な事なのよ。お互いが努力していたの。夫婦ってそうなのよ、お互いが努力するの」
そう言って妻はもう一度綺麗に笑った。
それは俺が良く知る貞淑で清廉な妻だった。
しかし俺にとって最も程良く愚かな女の顔では無かった。
「さぁ、あなた。私もあなたも汚物まみれですのよ。一緒にお風呂にでも入りましょう。今日は私がお背中お流ししますわよ。そうしてその後は、一緒に星を見ましょうね。私は宇宙になんて行きませんから。うふふふ」
笑いながら妻は軽い足取りで浴室へと向かう。
賢い女は嫌いだ。自分を賢いと思っている女も同時に嫌いだ。馬鹿な女は救いようがない。
しかし最も愚かなのは俺自身なのだった。
妻には何もかも見透かされていた。
この一週間は妻から俺に与えられた正式な罰だった。
そして夜空には星が流れる。
――――幾筋も幾筋も。
「まったく……こんな俺が人を逮捕するだなんて……本当に……」
馬鹿げている。奥さまが宇宙人という事象より、はるかに。
奥さまは宇宙人 了