人間屑シリーズ
私の名は梅林惣一郎。今年で四十四歳になります。職業はコンビニエンスストアのアルバイト店員。時給は七百八十円。
あ、今私の事を憐れみましたね?
四十過ぎて定職もなく家族どころか結婚暦も無い。恋人だって、もう二十年も前に一度いただけ。それが私です。
しかしあなたが私の姿をご覧になったとしたらどうでしょう。恐らくそんな憐れみは正に一瞬の内に吹き飛ぶはずでしょう。私は小男で小太りでさらに禿げかかっています。加齢臭だって相当なものです。私のこの姿を見れば哀れどころか当然だと思われるでしょう。
いえ、良いのです。禿かけてたりもするけど、私は元気です。えぇ、はい。
*
早朝、今日も私はいつも通り勤め先のコンビニエンスストアへと向かいます。
住んでいる築十五年のワンルームマンションを抜け、少し大きめの公園を横切ると勤務先はすぐなのです。
ウィィンという音がする自動ドアを通り抜け店内に入ると、既に同じアルバイト店員の高橋くんが勤務していました。
「おはようございます」
私は笑顔で挨拶をします。人当たりが良い事だけが、私の取り柄なのです。
「あ、どうも」
高橋君は最近入ってきたばかりです。彼の事はまだ余りよく分かりません。何せ彼は少しでも時間が空けば、すぐに携帯を触り出すのです。一体何をそんなに夢中になる事があの小さな機械にあるのか、私などには到底分からない事ですが。
早朝四時の店内には、まだお客様が一人もいません。
私の勤めるこのコンビニエンスストアの近くには学校があり、メインのお客様は学生さん達と言えます。その為、忙しくなるのはいつも大体午前七時を過ぎた頃からなのです。
店長不在の店内で高橋君は、誰に気遣うでもなくひたすらメールを繰り返しているようでした。時折、彼の放つ「チッ」という舌打ちや「売れよ、クソがっ」という声が聞こえてきます。何をそんなに苛立つ事があるのだろうとも思いますが、しかし私には何ら関係のない事なのです。
やる事のない私は掃除でもしようとモップを取りに行く事を思いたちました。
「梅林さん」
私の名を高橋くんが呼びます。
彼がここで働き始めて二か月になりますが、彼に呼び止められたのは初めての事でした。
「なんでしょう?」
珍しい事もあるものだな、と思いつつも彼から声をかけてくれた事が少しばかり嬉しかったのです。
彼は無表情のまま私にこう言いました。
「一千万で殺害されてみませんか?」
何でしょう? 意味が分からなかったのですが、何故か背筋にそら寒いものが走りました。
「何ですかそれ? 心理テストですか?」
私は背筋に走った寒いものを隠しながら、尋ね返します。
「まぁ、そんなようなもんです」
彼の表情からは何も読み取れませんでした。本当に心理テスト……なんでしょうか? まぁ彼からせっかく話かけてくれたのですし、ちゃんとお答えしなければ失礼な気もします。
一千万で殺害……。少しだけ考えてみますが、答えは決まっているのです。
「殺されるのはイヤですねぇ。うん」
私はやんわりと答えましたが、高橋君はというと相変わらずの無表情です。
「……そうですか。でも何でですか? 梅林さんは命を売れない程、今が充実してるんですか?」
妙な心理テストだなぁと思いつつも、私は真面目に答えます。
「そういう訳ではないですよ。見ての通りの男ですしね、私は。けれど、だからと言って命を売るというのは……やっぱり何か違うと思います」
――時々、私だって思わないわけではありません。
年下の店長に敬語を使い、年下のバイトの後輩にまで敬語を使い、いつも周りに気を使い怯えている自分とは何なのだろうと。
同級生は皆、四十を過ぎればしっかりとした家庭と役職を持っています。かたや私の未来はありません。年をとり体力は衰えていくのに、いつまでも立ちっぱなしのアルバイト。時給は若い子と変わりません。それでもここをクビになったら働く所すら無いのです。これから先、バイトの私には退職金もありません。先の保障など何も無いのです。……未来の事を思うと不安になります。
それでもやっぱり、命を売るというのは何か違うと思うのです。
「……そうですか」
高橋君は自嘲気味に少しだけ笑うと、また携帯を触る作業に戻りました。
「ん? 心理テストなんですよね? 結果はどうだったんですか?」
私は尋ねました。他意があったわけではありません。単純に気になったのです。
「あー……」
高橋君は面倒そうに小首をかしげると、こう言いました。
「結果はー……。梅林さんはマトモだって事です」
私にはやはり意味が分かりませんでした。