人間屑シリーズ
「はい。僕は鈴を鳴らします」
返事をするなりオッサンはおもむろにコートを脱いだ。いきなりの事で驚いたが、それからさらに驚いた。オッサンは何も着ていなかった。コートの下は真っ裸で、何故か乳首の周りが赤いマッキーで囲まれていた。な……なんなんだ、このオッサン。
「オッサン、なんで乳首の周り赤いんだよ?」
思わず聞いてしまう。聞いたところできっとしょうもない答えが返ってくる事は目に見えていると言うのに。
「コレは的です! ダーツでもなんでも好きなようにお使い下さい!」
「ダーツ?」
「ハイ! クリスマスですから。プレゼントを当てる際の余興にでもなるかと思いまして!」
オッサンはめっちゃ良い笑顔でそう言うと、裸のまま自分の黒いバックから何やらゴソゴソと取り出している。おいおい、まさか本気でオッサンの乳首的当てゲームが始まったりしないだろうな。
「素敵なクリスマスにしますからねー」
真っ裸で乳首の周りが赤いオッサンがいる時点で、どう考えても素敵ではない。先輩はと見ると、目をキラキラ輝かせてオッサンに見入っていた。アホだ。今からこの三人で一体何をしようというのか。何をしたってオシャレではないだろう事は確実だ。
思わず眉間を指で押さえていると、オッサンはバックから直径三センチ位の鈴と細い針金を取り出した。取りだした針金に鈴を通し、先端から針金を捻って行く。
「これで鈴は落ちませんよー」
そう言うとオッサンの手には棒状になった鈴付き針金が握られていた。それで一体どうするのかと観察していると――オッサンはいきなり自分の尿道にその針金をぶっさした。
いってぇええええぇぇぇぇぇぇぇ! なんか知らんが俺が痛い! 見てる方が前屈みになっているというのに、オッサンは満面の笑顔。そして先輩もやっぱりカンカンの笑顔。この人ら狂ってるよ! いまやオッサンのチンコからは、完璧なまでに鈴が生えていた。どう考えても痛いだけだろうに、オッサンはフル勃起。有り得ない。
「さーぁ、いきますよーーー」
言うなりオッサンは小さく腰を振った。チリン……と控えめに鈴が鳴る。その鈴の音に満足した様子で腰の動きを少しだけ早める。チリンチリン、と今度は二回軽妙に鈴が鳴った。こうなるともうオッサンの表情も完全に得意気だった。鈴はオッサンの腰の動きに合わせてメロディを奏で始める。バッ、バカバカしすぎるにもほどがあるだろう!
ひっそりと静まり返った高層ホテルの一室で、オッサンの鈴の音だけが辺りを支配している。
チリンチリンチリン……チリンチリンチリン……
「あ、ジングルベルだー」
黙って聞いていた先輩が、気付いた! と言わんばかりに嬉しそうな声をあげる。
「正解です! ご一緒にどうぞ!」
何がご一緒にだよ、バカ。そう密かに悪態を吐いたが、二人が気付いた様子はない。鈴は相変わらずチリンチリンと鳴り響き、お馴染みのあのメロディを奏で続けている。
「ジングル〜ベ〜〜。ジングルベ〜〜。すっず〜が〜なる〜〜」
って歌うんですか、先輩! オッサンを馬鹿にするでもなく、先輩は傷だらけの脚をバタつかせながら、楽しそうに歌っている。そして俺の方を見ると“君も一緒に”という視線を送ってきた。いやいやいや……。俺が? どうして一緒に? 戸惑った顔をして見せたが、先輩はお構いなしで手まで降り始めた。その口元は「さん、はいっ」と俺を促している。
「きょっおっは〜〜たのっしぃ〜〜、クッリッスッマッス〜」
「へーーーーーーーイ!」
なかばヤケクソ気味に先輩の歌声に続いて叫んだ。ヘーイ! なんて口に出したのは、俺の人生で初めての事だと思う。でもなんだか汗だくてダブダブの腹をたぷつかせながら、股間に針金刺してフル勃起で腰振ってるオッサンを見たら、色んな事がどーでもよく思えて来た。なんかもう本当に、全部が馬鹿馬鹿しい。
「オッサンさぁ、子供にクリスマスプレゼントとか、やんなくていいの?」
馬鹿馬鹿しいと思った瞬間、無意識にそんな言葉が口から出てしまっていた。俺はこのオッサンを蔑んで、いい気にでもなりたかったんだろうか? そんな自分の醜さに自己嫌悪の波が襲いかかりそうになった。がしかしオッサンは予想に反して強かった。俺の不躾な問いに嫌な顔一つせずに、にっこりと笑いながら語り始める。
「妻と、娘は……出ていきました。」
「なんでー?」
先輩が空気も読まずに能天気な声を出す。オッサンは微笑んだまま、少しだけ遠い目をした。
「ご覧の通り、僕は尿道に何かを挿さずにはいられないのです」
「気持ちイイの?」
「気持ちイイのは勿論ですが、それ以上に無性に安心するのですよ」
――安心。先輩もそんな事を言っていたな。安心するから足を傷つけるのだと。だけどこの世に不安感の無い人間などいるだろうか。それとも本当に優れた人間はそんな物とは無縁なんだろうか。
俺がそんな事を思考する間も、オッサンは訥々と、まるで何か昔話でもするような口調で語り続けている。