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A Groundless Sense(5)(完)

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第五章 RETURN


 21


「どういう、ことですか?」
 ミナトは言った。
 ベッドの上で半身を起こし、一糸まとわぬ姿で男を見つめている。胸元にペンダントが蒼く光っている。
「どうもこうも、言ったままの意味さ」
 横になった裸の男は、女に背を向けたまま言った。
「だって、そんな……」
 岡崎は向きを変えると、ミナトの手をとって抱き寄せた。
「連中を追いかけたって、僕らには何の得にもならない。それより他の仕事を見つけて、のんびり暮らさないか?」
「……いつから、そんな事を?」
「君が銃で頭を吹っ飛ばそうとした、あの日……かな」
 ミナトは男の手をふりほどいて、うつむいた。
 長い沈黙があった。
「どうしたのさ、黙っちゃって」
「私には……できません」
「仕事の心配はないさ。適当に見つけて、僕が養ってあげるよ」
「そうじゃなくて……」
「わからないな」
 ミナトは顔を上げ、うるんだ目で男を見つめた。
「私の仕事は、常管の捜査官である、あなたの右腕。それ以上でも以下でもありません」
「常管でなくなった僕には、従う価値がないと?」
「私は生まれたときから、常管のあなたに従い、愛することしか知りません」
「じゃあ、仕事のパートナーとしては従わなくていい。ただ……」
 岡崎はミナトに口づけした。
「どこにも行かないでくれ」
「そんな……そんなこと……ウッ!?」
 ミナトは頭を抱えて痛がりながらも、つづけた。
「私は……常管の……常管の岡崎ユタカしか、知らない……それが、私の常識」
「なんてことだ」岡崎はミナトの小さな胸に顔をうずめた。「そんなに融通の利かないプログラムだったなんて……」
 墨田千江、長崎蘭、そして板橋ミナト。いつも惜しいところで何かが上手くいかない、何かが。
 岡崎は顔を上げた。
「もし、僕が常管をやめたら、君はどうするつもり?」
「私はたぶん、きっと……」
 ミナトは寂しそうに笑っただけだった。
「もし、豊島カツシを殺したら?」
「えっ?」
「君はあの少年を撃てなかった」
「そう……ですね。見たこともない人なのに……」
 そのとき、携帯端末の呼び出し音がなった。
 常管のSAITO支部からだった。墨田千江とその一味が、閉鎖したシャトル路線に再び舞い戻ってきたとの一報。
 岡崎は通話を切ると、ため息をついた。
「仕方ない……彼だけは再生待ちの冷凍施設に入ってもらおう。それで、いいかい?」
「はい」
 ミナトは満面の笑みで言った。
 男は女を抱き寄せ、ベッドサイドの明かりを落とした。


 五十キロポスト。SAITOまでの残りの距離を示す標柱。
 そこで常管の監視部隊と鉢合わせした。こちらには気づいたはずだが、蘭の姿を見て警戒したのか、バリケードから先へは出てこない。
 目的を果たすため、弾薬は一発でも貴重だった。カツシたちは交戦を避け、最後の詰め所がある所まで少し引き返してきた。
 千江はライトで部屋の天井を照らす。一見すると何もないようだが、隠し扉の位置は棒でつついて音の違う場所をたしかめれば、すぐにわかる。
「下からは、開かないんだったわね?」
「普通の方法ではね」
 カツシは言った。
「もったいないけど」
 千江は例の徹甲弾の入った拳銃を抜き、天井に向けて撃った。
 シェルターの特殊な壁とちがって、楽に大穴が開いた。残り二発。
 事務机と脚立を引きずってきて、下に据える。
 カツシはタラップに手をかけ伝っていってハッチを開き、シェルターの屋上に再び出た。
 いきなり風に煽られ、体ごともっていかれた。
「クッ!」
 背中に激痛が走った。
 振り返って見ると、手すりだった。さすがにここまで高いと、造った人も苦労したのだろう。しがみついて辺りを見回す。
「!」
 森林地帯の真ん中に灰色の四角い山(屋上へ行かないと円柱とわからない)が据わっている。左手遠くには山々が連なり、右手も湾をはさんで山があった。背後には海と大きな島らしき陸が広がっていた。カンモンと同じように橋がまっ二つに折れているのが、彼方にかすんで見えた。
「あっちはロッコー、そっちはキシューだったかな?」
 後につづいてきた蘭は言った。
 風に押され、くるくる回りながら足を進めて、カツシに抱きついた。
「あっ、怒られちゃう?」
 蘭はくりっとした瞳を上に向けた。
「そんな目で見るなよ」
「どーして?」
「どーしても」
 カツシは蘭の肩をつかんで、くるりと反転させた。
 蘭は背が低いので、カツシの顎の下に頭がすっぽり入ってしまう。それがかえっていけなかった。
「兄妹みたいで、仲のよろしいこと」
 泉子の視線は冷たかった。
「そんなことよりさ……」
「そんな程度のことなんだ?」
 泉子の額に筋が立った。
「いや、そうじゃなくて……」
 カツシは出てきたハッチを指さした。
 泉子は後ろを見て、吹き出す。
 そこには猫のように丸くなって前肢で蓋にしがみついる、元常管の一流捜査官がいた。
 泉子はさっさと蓋をしめると、千江にお手をした。
「く……屈辱……」
 千江は逆らえず、泉子の言いなりに立ち上がって背中にひっついた。
「だから撃ち合ったほうがマシなのよ!」
 百メートルが二千メートルになったところで、死ぬほど高いことに変わりない。怖さは同じはずだが、千江の場合は違っていたようだ。
 一行は寄り集まると、討議に入った。
 高さの問題に気づいて、結局は一度引き返して持ってきた、古代兵器研のパラシュート。ここで開くか、あと五十キロ天空を歩いてSAITOのそばで開くか。
「どっちも嫌っ!」なのは、千江だった。
 無効票はさておき、もう少し内陸に入ってからでないと、予想外の風で海に流されてしまう危険があった。
「よし、二十キロまで近づいたら、飛ぼう」
 カツシの提案に、泉子と蘭は賛同する。千江の汚い野次は無視した。
 少年少女たちは、わんわん泣き散らすアラサー女を引きずり、風の吹きすさぶシェルターの屋上を行った。


「逃げ切られたって?」
 岡崎は照明で明るくなったバリケードの前で、担当官の女に聞き返した。
 急に気配が消え、撤退したのかと後を追ったが、すでに足音も届かないところまで逃げられてしまったのだという。彼女の上司は常管一の忠犬にして猛犬、角刈りの伊勢だ。伊勢は遅れてこちらに向かっているとのこと。早くこの場を立ち去りたかった。 
「こんなに響く場所で、音を消しながら逃げ切るなんて、不可能です」
 黒い戦闘服姿のミナトは言った。
「逃げてないとすれば?」
「えっ?」
 岡崎は言った。
「少し行ったところに、詰め所があったはずだ。調べてみよう」
 詰め所に入ってすぐ、机と脚立が行く手を邪魔した。
 岡崎はライトを上に向け、笑った。
「こんなことに、なってたとはね」
「隠し部屋でもあるんでしょうか?」
「まぁ、そんなところだろう」
 岡崎はジャケットの内側からナイフを抜くと、天井に開いた穴に放った。
 硬い金属の音がして、ナイフは落ちてきた。
「ナメた真似もたいがいにしてくれないかなぁ」
 返ってきたのは沈黙だけだった。
「ガスでおびき出しましょうか?」
 ミナトが催涙ガスの小砲を掲げると、岡崎は片手で制した。