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A Groundless Sense(3)

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 ミナトは銃をホルダーにおさめ、早足で開閉扉に向かった。
 岡崎は立ち上がって、少女を背中から抱きしめた。
「完璧だ」
「えっ?」
「再……いや、きれいだってことさ」
「それ以上言われると、集中できなくなってしまいます」
「すまない」岡崎はミナトの頬に口づけした。「作戦開始だ」
 保線用シャトルはのろすぎる代物。それでも人の足よりはずっとマシだった。
 みるみるうちに人影が迫ってきた。トンネルは両脇に隙間がある。速度を上げても逃げられるだけだ。
 墨田千江を擁する敵もわかっているはずなのだが……なぜか少年が一人、立ちはだかっていた。
 ミナトは眉間にしわを寄せた。
「なんだろう……どこかで会ったような」
「誰にも会っていない! 君は生まれ変わったんだ」
 岡崎は声を荒げた。
「は、はい」
 ミナトは驚いた顔で男を見上げた。
 岡崎は運転室に通じるマイクに言った。
「ひき殺せ。責任は僕がとる」
 その時だった。
 爆音と共に、シャトルは大きく傾いた。
 岡崎は倒れかかったミナトを抱いてかばったが、自身もシャトルと共に横倒しになった。
 小型シャトルは脱線して、壁をすりながら止まった。
 運転室は半壊していた。運転手は運よく生きていたが、半狂乱になって逃げていった。
 二人に大きな怪我はなかった。
 岡崎はミナトの無事をたしかめると、横転で上になった開閉扉を足で蹴り開けた。
「伝説の兵器、手榴弾……か。さすがは蘭ちゃん。死んでも簡単には勝たせてくれそうにないな」
「私が殺(や)ります」
 ミナトは開いた所から飛び出そうとして、腕をつかまれた。
「僕がやる」
「敵は見るからに素人。三秒もあれば方がつきます」
 ミナトは男の手を振り切って、シャトルの外に躍りでた。
 くすぶる煙越しに、少年は拳銃をかまえて待っている。
「障害物もなしに棒立ちとは、基本がまるでなってない」
 ミナトは上を向いたシャトルの側面に体を伏せ、狙撃体勢に入った。
「まずは一人」
 トリガーにかけた指は、動かなかった。
「な、どうして……」
 何度息んでも指先は曲がらなかった。
 ミナトは銃を左手に持ち替えた。同じだった。
「ミナト、俺だ。豊島カツシ。わかるか?」
「カツ……シ?」
 ミナトはゆらりと立ち上がった。
「ネットで一緒に話したり、KY区域まで探検したろ?」
「……わからない」
「二人で泉子ん家(ち)に泊まった」
 ミナトは首を横にふる。
「……ダメ。私、やっぱり、こうするしか……」
 そう言うと、自分のこめかみに銃口を向けた。
「や、やめろおおおぉ!」
 銃声。
 ミナトは膝を折ってその場に崩れた。


 宙を舞った銃が、少女のすぐ後ろに現れた男の手におさまった。
 ミナトの美しい顔はそのままだった。気を失っているだけだ。
 代わりに岡崎ユタカは鬼の形相。
「僕のミナトを、これ以上、惑わすな」
「洗脳なんか、しやがって」
 カツシは二つめの手榴弾のピンに手をかけた。
「どうせロクでもない記憶さ」
「そんなことない!」
「君はミナトを抱いたのか?」
「なっ……」
 カツシは男から目をそらした。嘘はどうしても言えなかった。
「僕はもう抱いたよ。今じゃミナトの方から……」
「ウソをつくな!」
「本当さ。蘭を撃ったのも、僕に従ったのも、すべてはプログラム通り。おまけに苦悩まで取り除いてあげたんだよ。記憶をリサーチしてね」
「それは妙だな。ミナトはさっき、自害しようとした。良くなってたのに、あれじゃ元通りだ!」
「君のせいさ。君が鬱の元凶だと、これではっきりした。君と出会ってなければ、ミナトは自力で解決していたんだ。ミナトは君に依存して弱くなっていった。君がミナトを闇へ追いこんだ!」
「そ、そんな……」
 カツシは罪の意識に取り囲まれた。
「相変わらずの大した口車ね。洗脳なんかしなくたって、板橋ミナトを口説けたんじゃない?」
 待避用の壁の凹みに隠れていた千江が、ひょいと姿を見せた。
「おっと! それ以上動くと少年の額に穴があくよ」
 岡崎はさっと銃をかまえる。
 この言葉に限ってはウソはない。射撃のセンスは無敵少女と互角、というのが千江の評価だった。
「好きにすれば?」
 千江は笑って手榴弾を手玉して見せた。
「君にそんなこと、できるかな?」
 岡崎は笑うと、気を失ったミナトを抱き起こして盾にした。
「試してみる?」
 千江はピンに手をかける。と見せかけて、左手でさっと拳銃をかまえた。
 岡崎は狙いを千江に変えたが外した。
 千江は銃を連射する。
 不利とみたか、男はミナトを抱えて走り去っていった。
 気配がなくなると、千江はその場にへたりこんだ。
「は、はじめて勝った……」
 千江は右利きだ。岡崎の方に余裕がなかったようだ。
 先の方へ逃げていた泉子と蘭が戻ってきた。
「あの人、ミナトちゃんのこと、本気みたいだね」
 泉子はぼそっと言った。
「やめてくれ」
 カツシは振り向きもせず、起き上がろうとする千江に手を貸した。
 あの男はミナトを盾にした。二人はそれを見ていない。
「ごめん」
 泉子は涙が出るまで自分のほっぺをつねった。
「ただの意気地なしよ」
 千江は服の埃を払うと、カツシに微笑んだ。
「あんたのほうが、よっぽどいい男」
「奴らはいつかまた襲ってくる。シャトルの積み荷をいただいて、先を急ごう」
「えっ? ええ。そうね」
 千江は惚けた顔で少年を見送ると、赤ら顔の泉子と顔を見合わせた。
 カツシはぼうっと突っ立っている蘭の背中を押して、手伝うよう促した。
『僕はもう抱いたよ』
 岡崎の姿をした幻が笑った。
作品名:A Groundless Sense(3) 作家名:あずまや