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赤い瞳で悪魔は笑う(仮題) ep1.病院と兄妹

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 咲屋灰良(さくや はいら)が、そこにいた。
 いつのまにか。教室から廊下に出るその扉を、塞ぐようにして立っていた。
「……更衣(さらい)君」
 何だよ、と、俺は怯む。いつもの咲屋と、雰囲気が違いすぎて。後ろで、くくと笑う紅也の気配を感じる。咲屋は紅也に気づいているのかいないのか、灰色がかったまっすぐな目で、俺を見上げた。そして。
「御免なさい」
 ――え、と思ったのと同時に。重い、鈍い、強い衝撃が体全体に伝わったのを感じた。本当に、御免なさい。咲屋はちっとも悪びれずに、俺を貫いたナイフから手を離した。
 ナイフ? 何で。
 状況に頭がついていかず、いつの間にか咲屋が視界から消えていたことにも気づかなかった。
 ナイフが、今、俺に刺さっているのか?
 そして、刺したのは咲屋、なんだよな?
 腹に、物凄く痛みを感じる。刺されたのだから当たり前なのだけど。
 おいおい、冗談じゃない。悪魔と契約を交わした直後にこれかよ。死んだら魂、持ってかれんのかな。ってか、何だって心臓とか頚動脈を一思いにやってくれなかったんだ。腹部なんて、死ぬのに半端でなく時間がかかる。切腹するのに介錯が必要なのも苦しみを長引かせないためだったはず。ゆっくりゆっくりと血を失って、死ぬまでその痛みに耐えなくてはいけないというのに。
「殺られたね」
 背後で、赤い悪魔が言う。やっぱり、微かにあざ笑っているかのような含みがある。
 ああ、殺られたさ。でも、まだ死んではいない。このままだと死ぬのは確実だけど。
「恨まれてたの、君?」
 明らかに楽しんでいる口調で、紅也は言う。くそっ、この悪魔めが。
「ナイフは抜かないほうがいいと思うよ。血、出るから」
 確かに、それはそうだ。でも、血ならもうかなり出ている。制服を真っ赤に染め上げている真っ最中。
 うわっ……。
 声にならない声を上げて、俺は膝をついた。教室と廊下の、境目に。ドアをスライドさせるための金具に膝を打ち付けたが、腹部の痛みのせいであまり感じなかった。……そっか、血がないと、やっぱり力って抜けるものなんだ。
 上手く回ってくれない頭をフル回転させて、考えたのはそんなことだった。
 やばいな、これ。……きっとこの調子で俺、ゆっくり死んでいくんだ……。
「おやおや、弱気だね、君。そのままだと、まあ確かに死んじゃうけど」
 紅也はまだ背後で言う。助けてくれる気配などない。……まあ当たり前か。悪魔だもんな。それにしても。
 俺は、何故咲屋に刺されたりなどしたのだろう。やっぱり、殺そうって気はあったんだろうな。手品でもない限り、普通殺意があったと判断すべきだろう、これは。
 うーん、でも。
 腹部の痛みでガンガンいっている頭で、俺は考える。
 俺、何かあいつに恨まれるようなこと、したっけか?
『御免なさい』
 あいつ、そう言ってたよな……。
 明らかに失血によるものと思われる眠気に襲われながら。
 俺は、咲屋の言葉を思い出していた。
『御免なさい』
 ――――。
 御免で済むような問題ではないですよ、咲屋さん。
 ……畜生。
 そして、俺の意識はそこで途切れる。
 最後に見たのは夕日に染まる廊下と、そこに立って俺を見下ろしている赤い悪魔。
 表情は、陰になって見えなかった。