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鋼鉄少女隊  完結

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 この時より、鋼鉄少女隊では観客、ファンを友軍と呼ぶことになった。こういうキャラ付けについては、事前にいろいろ議論もあった。しかし、メタルのバンドではしばしば、悪魔になったりとか、口から火を吐いたりとか、恐いのから美しいのまで、キャラ付けしている。それをファンサービスの一環としようということになった。
「さて、友軍諸君。我が軍は、この方面に転進し、新たな戦いを始めることとなった。そして、諸君らのこの戦場への援軍、重ねて感謝したい。ついては、ささやかであるが、この歌を友軍諸君に送りたい」
 雪乃はメンバのほうを向く。
「集合!」
 メンバ達は楽器から離れ、それぞれマイクを持って前へ出てくる。雪乃を一方の端、戸田明日香をもう一方の端として横一列に整列する。
「ドイツ戦車兵の歌、『パンツァーリート(Panzerlied)』斉唱!」
 明日香が右足を踏み鳴らしながら、アカペラで低い少年のような声で歌い出す。にわか仕込みで、カタカナ表記で覚えたドイツ語の歌詞だ。
「オープス シュトゥルムト オーデァ シュナイト(嵐が吹こうと雪が降ろうと)」
 メンバー全員が足を踏みならし、後に続いて歌い出す。
「オープ ディー ゾンネ ウンス ラハト(太陽が照りつけようと)

 雪乃は軍事マニアだった祖父と一緒によく戦争映画のDVDを見た。その中の古い映画だったが『バルジ大作戦』という作品の中で、ドイツの戦車兵の将校達がこうやって床に足を踏みならしてこの歌を歌い、自分達の勇気と意志をアピールする場面を覚えていて、これをやってみたのだ。
 後に鋼鉄少女隊のコンサートでは、まず最初にメンバーとファン達が足を踏みならして、アカペラでこの『パンツァーリート』の一番を二度繰り返して歌うのが儀式となった。
 ファン達も歌えるようになったのは、実は、『鋼鉄少女隊』の漫画本がコンサートのグッズ売り場で売られていて、その中に歌詞が載っていたからだ。
 それは、雪乃の元居た高校の漫画研究会版ではなく、新たにプロの漫画家に描いてもらったものだった。夫婦でやっている漫画家で、女の顔とか、車、兵器など互いに得意な分野の絵を分担して描いていた。その漫画本の後に、この『パンツァーリート』の歌詞が、ドイツ語、カタカナ表記、日本語訳で載っていた。

 度胆を抜かれているファンを尻目に、歌は続く。
「エス ブラウスト ウンザー パンツァー(我らの戦車、音轟かせ)」
「イム シュトゥルムヴィント ダーヒン(嵐の中へ突き進む)」

 『パンツァーリート』の後、IMC5が三曲演奏した後、ピュセルの残りの四人が黒の鋼鉄少女隊のコスチュームで合流して、IMC9となった。
 後から現れた四人のメンバーを彩が紹介した。予めみんなで協議した結果、IMC9のジャンルをメタル歌劇と呼ぶことにしていた。

 メタル歌劇『鋼鉄少女隊』の最初の曲、『プロイセンの黒バラ』が美しいイントロとともに始まる。
 歌劇『鋼鉄少女隊』では個々の役による衣裳を着ない。またセットなどもない。幕もない。生のバンド演奏の前で、歌い演技するだけだ。かろうじて、バンドと現在出番でない歌唱メンバーに対しての照明を暗くすることができるだけだ。だから、観客の共感と想像力による感情移入に頼るしかない。ある意味ラジオドラマに近いものがある。
 
 コンサートが終わり、IMC鋼鉄少女隊ことを報じてくれたのは、国内では『BANG!』というハードロック、ヘビメタの専門誌だけだった。1980年代、1990年代にはハードロック、ヘビメタの雑誌はもっとあったのだが、今はこの雑誌しかない。 
しかし、海外のロック、メタルの雑誌には取り上げられていた。アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスと好評だった。アーティスト・スペースのIMCのPV動画の再生数も伸びていた。
 浅井麻由がぼやく。
「ねぇ、鋼鉄少女隊のこと取り上げてくれてるのこの雑誌だけ? 他の雑誌も、テレビも新聞も無視だよ」
 戸田明日は平然と答える。
「そんなもんよ。取材記者は顎足付きで呼ぶものらしいよ」
「何ですか? その、あごあしって?」
「食事、交通費込みってこと。海外公演やるアーティストは、そうやって記者をつれていくらしいよ。その場合、顎、足、枕つきね」
「取材経費全部、取材される側が出して、取材して貰うってわけですか」

 従来のマスメディアからは、完全に無視されていたが、インターネット上では、鋼鉄少女隊は好評だった。元々、ピュセル本体もネットの動画サイトでは世界中で人気を誇っていた。コンサートDVDが丸々アップされており、世界中の人が見てくれ、さまざま国の人がピュセルのダンスの振りを録画して投稿していた。現に、ヨーロッパやアメリカからわざわざ、ピュセルのコンサートを見に日本まで来てくれる人達も居た。しかし国内では完全に既存のマスメディアはピュセルのことを情報封鎖していた。
 テレビに出ても、現在では芸能人側にはそんなに出演料が貰えるわけではない。今のテレビ局は、番組制作費を圧縮し続けている。安い出演者が歓迎されるのだ。今の民放は広告売り上げが減少したので、経費を節減して利益を出す。そのために、番組の質が落ちる。すると広告の受注がまた落ちるという負のスパイラルに陥っていた。
 実際、演歌歌手などは、地方公演を続けているほうが収入になる。しかし、テレビの全国ネットの歌番組に出ておけば、地方公演での客入りは多くなる。だから、興業中心の芸能人でも、テレビ出演による宣伝効果は馬鹿にはできない。
 日本国民が全て、ネットで情報を得ているわけではなく、多くの人はまだテレビしか見ていない。テレビがいかに衰退してきているとは言え、テレビに出るというの芸能人にとっては侮れない宣伝効果があった。

 しかし、テレビに出ることが出来なくても、ネット上のPVやライブ映像の動画によって、新しいファンが少しずつながら増えては来ていた。
 
 浅井麻由が雪乃に尋ねる。
「ねぇ、あなたの原作の漫画の『落日の女王』のほうは何時、鋼鉄少女隊の演目になるの?」
「うーん。来年かなぁ……」
「今年の秋くらいには出来ないの?」
 IMC9の公演前に『鋼鉄少女隊』というタイトルで、八曲入りのアルバムCDを今度は、メジャレーベルで出していたのだ。あと、『落日の女王』もアルバム化して八曲。IMC5の四曲を入れれば、鋼鉄少女隊として単独のコンサートが可能だった。麻由はそれを主張していた。
「秋か……。曲は出来るとは思うけど……。うちの会社は次のアルバムは来年って言ってたから」
「会社が言うなら仕方ないか。まぁ、あんたも去年から忙しかったものね。じゃあ、急がずじっくりと良い曲作ってね」
 確かに忙しかった。ピュセルのコンサートが半端なくあったし、ピュセルプロジェクトの合同コンサートもあり、ファンクラブイベントもある中でのアルバム作成だったから。
作品名:鋼鉄少女隊  完結 作家名:西表山猫