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鋼鉄少女隊  完結

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 自分が弾き語りする曲のイントロ部分も、キーボードで生演奏という注文があり、それもやることとなった。 

 夜公演のアンコールの一曲目が終わった後のMCのときに、藤崎彩がプロデューサよりの発表があることを観客に告知する。玉置が出て行き、十期メンバーの加入を告げた。玉置が村井雪乃の名を告げて、舞台下手のほうに手をかざす。雪乃が舞台下手の袖より出て行き、観客に挨拶する。
 公式ホームページでは、十期加入メンバーとして雪乃のプロフィールは掲載されていたが、画像を載せて居なかった。以前なら、テレビのピュセルの冠番組(ピュセルの名の入った番組)でオーディション過程を放送し、最後に番組中で合格者発表という手順を8期まではやっていたが、その冠番組ももう終了して久しい。九期はオーディションでなく、研修生から昇格させ、発表は今回同様コンサート時に行った。十期の雪乃もピュセルとしての公開オーディション以外で決まって、今日ファンの前に披露される。
 千秋楽、夜公演は十期新人の紹介とあって、チケットはあっという間に完売していた。手に入れることの出来なかったファン達はネットオークションに出たこのチケットに群がった。この日の夜公演の最前列付近は十万円以上の値さえついていた。

 雪乃の登場と同時にどよめくような歓声が上がった。雪乃の服装は今から演奏する曲を主題歌にする、テレビアニメの主人公の神宮寺スミレのコスプレそのままだった。すみれ色のミニのゴスロリドレスに、黒のニーハイ。頭に黒の軍隊の略帽。一般にギャルソンキャップと呼ばれる長方形のやつだ。上級将校を表す、星や線が付いている。
 雪乃は自己紹介用にスタッフが作ってくれた台本どおりの短い挨拶をした。アイドルとしての必要最低限の文言。
「みなさん、こんばんわ。村井雪乃です。高校二年、十六歳です。小学生の頃ピュセルのファンだったので、ピュセルに入れてとても嬉しいです」
 玉置が雪乃の特技を紹介してゆく。
「公式サイトのほうに載せているものと同じ内容ですけど、この子はギター、ベース、ドラム、キーボードとバンド演奏の楽器はほぼ万能です。ボーカルもいいもの持ってます。ピュセルは常に進化してゆくために、新しい力として今までのメンバーにはないものを持った子を入れました。将来、ピュセルがメンバーによる楽器の生演奏を取り入れていくかは全く未定です。検討はしていきたいと思います」
 玉置の観客へのメッセージ途中ではあるが、スタッフが雪乃のギターを持って舞台に出て来て手渡してくれる。雪乃は使い慣れたギブソンSGの肩紐に首を通す。他にキーボード、スタンドにセットしたマイクが運ばれてくる。
 玉置が熱く語る。
「ピュセルは常に現在の殻を打ち破って、新しい形に進化していきたいという、制作側の果てない願望を象徴したような子です」
 玉置は微笑む。
「たまたま、美形だったのはおまけのようなものです」
 雪乃の準備が整ったのを横目で確認する。
「では時間がありませんので一曲だけですが、この子のギターとボーカルをお聞きください。僕はこういうのあんまり知りませんでしたが、アニメファンにはすごく人気がある曲らしいですね。『時空戦艦ハルナ』エンディング曲、『一万光年の彼方』。ベース、ドラムのカラオケは予め村井本人が演奏録音したものです。本日はボーカルとギター、キーボード演奏でお送りします」
 雪乃は楽屋でしっかりやってはあったものの、再度チューニングを確かめる。ギターを掛けたまま、キーボードでイントロの静かなピアノ曲の部分を弾いてゆく、それからドラムの激しい疾走が始まる。今度はギータに換えて、速いギターリフ。Aメロを歌い出す。
 観客は最初、この曲にどう反応してよいのか、無言で見つめるのみだったのだが、メロスピの疾走感と雪乃のサビの絶叫に入った時、一斉に手を上に振り上げ歓声を上げ出す。
 雪乃は歓声のうちに演奏と歌を終え、引っ込んで行き、後の舞台上ではピュセルメンバーがアンコール曲の二曲目を歌い踊って、コンサートは終わった。しかし、観客達は帰らない。
「アンコール! アンコール!」
と観客の声が響き渡る。メンバー達と雪乃はもう一度舞台に出て挨拶してから再び引っ込む。しかし、アンコールを叫ぶ声はいっこうに静まらない。次第にその声は変化して、
「ユキノ! ユキノ!」
というコールになった。そして、公式ホームページに、雪乃の新メンバーとしてのイメージカラーとして、紫を発表してあったので、観客達は新たに紫のサイリュームを手にして打ち振り始めた。ケミカルライトの紫なので淡いパステルカラーの紫で、今夜雪乃の来ているスミレ色のコスチュームの色に似ていた。
 彩が雪乃を連れて舞台に出てくる。雪乃はギターを持っている。雪乃は会場一面が紫に変わっているのに驚愕する。
「熱いアンコールと雪乃コールをありがとうございます。もうホール閉館まで時間がありませんが、雪乃が皆様のために、ほんとに短いですが一曲弾きます。曲はブラームスの『ハンガリー舞曲五番』です」
 雪乃は予め玉置に指示されていたように、アンコール曲として短いギターソロの曲を弾く。雪乃の両手タッピングの演奏を目の当たりにして、自らもギターを弾く観客の何人かが似たような思いで嘆息する。
「この子本物だよ! 女の子でこんなに弾けるってすごいよ!」
 本当に一分にも満たない短い演奏だったが、観客の驚嘆ぶりは半端では無かった。今のピュセルの陥っている閉塞感を打ち破ってくれるかもしれないという希望が観客達の心を躍らせた。
「雪乃ちゃん。お客さんに挨拶して終わりましょう。お客さんに、『がんばります。見守っていて下さい』って言ってあげて」
 彩が雪乃にマイクを手渡した。雪乃は客席一面の紫色に圧倒されていた。今までは、いつかはガールズバンドで、武道館で一万人以上の観客を前にライブという望みを持っていた。今、ここに集まっているのは二千人程だが、雪乃には充分だった。文化祭で体育館に集まった学内の聴衆、一度だけ雪乃の通っていた聖モニカ学院の大学、高校の軽音楽部の合同ライブを地元の小さなライブハウスで行った時の三百人の観客に比べたら、すごい迫力だった。音には音圧とというものがあり、本当に肌で感じることが出来るように、雪乃は今、多人数が放つ注視の圧力のようなもの、人圧というものを感じ、それに酔っていた。
「すごーい!」
 彩から受け取ったマイクを持ったまま、雪乃はしばし呆然としていた。決して上がっているのではなく、二千人の観客全体が発するパワーを自分の体に受け、それをしばし味わっていたのだ。ギターボーカルだった雪乃はいつもMCをやらされていた。結構、MCは好きで、普段でも話す内容などを思いついたら、直ぐに記録しておくネタ帳を持っていた。そして、ライブのMCで何を話すかというのは予め決めておかず、その場の雰囲気で蓄えてあるネタをチョイスして話すというふうにしていた。
 しかし、雪乃はもう彩が指示した客への挨拶の言葉も飛んでいた。雪乃は魂がはじけてしまっていた。心の底から迸る言葉が口に出た。それは、いつもの雪乃のMCのようにタメ口だった。
「みんな! ありがとう!」
作品名:鋼鉄少女隊  完結 作家名:西表山猫