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亡き王女のためのパヴァーヌ  完結

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「私が八歳の時、お父さんが死んだ。私は、泣いた。『神様、お父さんを生き返らせてください!』って祈った。『いい子になります。毎日町中のゴミを拾います。自分の持ってるものはみんな人にあげます。これから先、私がどんな不幸になっても構いません』と祈った。愚かな子供だった。十一才のとき、お母さんが連れてきた男に私はやられた。天井を見ながら、『お父さん、助けて! 神様、助けて!』と叫んだ。でも助けはなかった」
 雪乃の頬を涙が伝っていた。自分が泣いていることに少し驚いていた。まだ泣くことが出来たのかとへんな気持ちだった。
「私はそのとき、わかった。運命は残酷だって。それから、日本や世界中の歴史書や神話や小説を読んだ。私の運命なんで恥ずかしいくらい、大昔から人間はもっともっと、過酷な運命にたたきのめされきた。何かの本で見つけたけど、何だったか忘れた。『犬のように死ぬ。屈辱だけが残った』ってあった。これは、犬殺しに犬が棍棒で叩き殺されるような死に方ってことだった。私もこうやって死のうと思った。運命が私の胸にナイフを突き立て、拷問のように、少しづつ、少しづつ、切っ先を心臓に差し込んでくるとき、私は運命に『ふん! たった、それだけなの』って言って死んでやろうと思って生きてきたんだ」

 老人は神妙に聞いていた。
「人間は弱くて、虫けらのようで、簡単に死んでしまう。なのに、人間を超えた力? そんなの、あっていいと思ってるの? 人間の世界にはいらない。夢魔か悪魔か神かなんか知らないけど、そんなすごい力があるなら、すごいもの同士で勝手にやってろ。プロ野球の選手が子供の草野球にまぎれこんで、何本気でホームラン打って得意がってるの。人間に構うな!」
 由紀は止めどなく涙をこぼしながら、少しづつ穏やかさを取り戻していた。自分はこういうことに腹が立っていたのかと納得した。言葉に出してみて、自分はずっとこんなことを考えながら、生きてきたんだと再発見し、おもしろくもあった。
 老人は言葉を失っていた。どう話しかけていいかわからなかった。だが、心に貯まっていたことをぶちまけた雪乃はすっかり普段の冷静さに戻っていた。
「私を元に戻してください。車にはねられたら、すぐに死んでしまうように。ヤクザにぶん殴られたら、ふっとんでしまう普通の人間に戻してください。話はそれから聞きます」
 老人は困った顔ですまなそうに言った。
「それは、無理なんだよ。そんなこと出来ないんだよ。わしがやりたくないというんじゃなく、技術的に不可能なんだよ」
 雪乃は冷ややかに、平然と言った。
「永久に死ねないって、これ以上残酷な運命ってないでしょう。そんなひどいめに会わせておいて、話も何もありません!」
 老人は深く肯いた。
「ごもっとも。人間が死ぬようなやりかたでは死ねないということだよ。夢魔には夢魔の死に方がある。それをちゃんと教えるよ。それでいいだろうか。話を聞いてもらえるだろうか?」
 雪乃は肯く。
「じゃあ、まず、夢魔はお前の嫌いな人間を超えた力をひんぱんに使ってるんじゃないというのを信じてくれ。自分の命を守るために力は自動発動するが、夢魔は人間に対しては力を使わない。自分のためにもその力を使わない。さっきお前に、少し使ってしまったが、あれは、夢魔の力を示さないと信じてもらえないと思ったからだよ。わしはあの公園のブルーシートの中に住んで、ホームレスやってる。アルミ缶や段ボール集めて、それを売って生活費を稼いでいるよ。このミシンだって、ほら見てくれ」
 老人はなにか数字が書かれた紙片を取り出した。
「これはな、市の雇用対策事業で、公園や道路の掃除をやってもらった報酬の明細書だよ。わしはこれをやって、金を貯めて、ちゃんと店で買ったんだよ」
 老人はミシンの領収書を見せた。
「夢魔はその力を何のために使うかというとな、この惑星の維持管理だ。火山活動、大陸プレートの移動の制御。巨大な隕石、彗星、小惑星の追突も防ぐ。ただ、これは人間のためにやってるのではない。地震や台風の被害から人間を救うことはない。夢魔は人間の運命には関わらない。それで何で夢魔というかというと、わしも知らん。先代の夢魔は中国出身だった。先代が言ったからこの名を踏襲している。お前の代に、テラ・メンテナンス・エンジニアでも、地球保守員とでもなんとでも名乗ってもらっても構わん」
 雪乃が心外だという顔する。
「私はまだやるなんて、言ってません」
「ああ、わかってる。返事はずっと先でいい。どうせ、内藤由紀と居たいんだろう。あの子が歳を取って死ぬまで待つから。その時、また返事を聞く。それまで、お前が夢魔であるってことは知っていてくれ。お前は二十歳位から歳を取らなくなる。由紀はどんどん歳を取ってゆく。その時は、他の人間の眼には老化していっているように見える方法も教えるよ」
 雪乃はなんとも言えない表情で無言のままだ。
「ああ、これは由紀には黙っていてくれ。実は由紀も夢魔だ。だから、お前たちは惹かれあうんだ。人間としては違う血筋だが、お前達は夢魔の姉妹だ。もう、この星には、夢魔は三人しかいない。わしとお前と由紀だ。だが、わしやお前と違って、由紀は夢魔としてはほとんど力がない。かぎりなく人間に近い夢魔だ。だから、由紀は人間として死んでゆく。由紀にはお前の居る位置を関知する能力しかない。夢魔は他の夢魔の居る位置を示すカーソルを視界の中に持つ能力があるんだよ。ただし、わしの位置はお前や由紀にはわからない。この能力はわしが今回の夢魔の種に組み込んだ新しい能力だからだ。わしは一世代前の古い夢魔だから、その仕組みを持ってないんだよ」 

「夢魔の種というのは?」
「夢魔がこの仕事から引退したいとき、新しい夢魔を作るために、人間に埋め込むワクチンのようなものだ。ワクチンは免疫をつけるが、夢魔の種は、夢魔の力を植え付ける。わしは十六年前の一月十日に生まれた世界中の子供百人に夢魔の種を植えた。だから、お前と由紀は生年月日が同じなんだよ。そして、無事育ったのはお前と由紀だけだ。しかし、由紀は夢魔としては力がない。だから、お前にわしの跡を継いで欲しいんだよ。返事はずっと先でいいよ。わしは千年生きてきた。あと百年くらい待つのは造作もないよ。お前は自分の人生を思い通り送ってくれ。それで、またずっと先に聞くよ。お前が人間としての短い一生を望むなら、またその時、夢魔の死に方を教えるよ」
 雪乃は肯く。
「返事はずっと先でいいんですね」
「ああ、それでいいよ。言いたかったのはこれで全部だよ。それで、これはお前の買ってくれた鰻や毛布の代金だ。受け取ってくれ」
 老人は卓袱台に封筒を置いた。
「意地を張らずに、受け取ってくれ。わしは何も食べなくても生きてゆけるんだよ。本当はお前もそうなんだよ。お前はただ、食べる習慣が残っていて食べているだけだ。わしには金はいらん。それから、このミシンも受け取ってくれ。お前が欲しがってるのを知っていたんだよ」
 雪乃は金の入った封筒だけは受け取った。しかし、ミシンにはこだわりを見せた。