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亡き王女のためのパヴァーヌ  完結

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 それが光栄でもあり、雪乃に会うつもりでいた由紀を驚かせた。
 帰ってしまう雪乃に慌てていて、何故、青い点が見えて、その先に雪乃がいるかなんて、その仕組み、不思議さなど思いやる余裕もなかった。原田コーチが側にやってきて親指を突き出す。
「由紀ちゃん。グー! だよ。出来は良かったよ。ちょっと注意散漫だったけどね」

 その原田の言葉も、電光掲示板に出てきた自分の点数もまったく気にかけず、由紀はスケート靴の紐を解く。持ってきたはずの自分のスニーカーを捜すが見あたらない。由紀はスケート靴を脱ぎ捨て、足は下のタイツのまま立ち上がり、原田の持つバインダに挟んであったボールペンを抜き取る。
「先生、すみません。これ貸してください。すぐ戻ります」
 由紀は靴も履かず駆けだしてゆく。
「ちょっと、由紀ちゃん。あんた、何処行くの!」
 コーチの咎める声も、もう由紀の耳には届かなかった。由紀は遠ざかってゆく青い点を追う。出口を出ると、十メートルほど先に雪乃の後ろ姿が見えた。
「雪乃ちゃん! 待って!」
 雪乃は立ち止まり、振り返る。由紀は傍らまで駆けてゆく。
「今日はありがとう。見に来てくれて、嬉しかった」
 雪乃は由紀と同じくらいの身長の、ショートヘアーのきりっとした顔立ちの女の子だった。
「あ、いえ……」
 手紙の饒舌さに比べ、雪乃は口数が少なかった。手紙に書いていたように、施設でも学校でも、ほとんど人と話さないというのが良くわかった。由紀のほうが一方的にしゃべった。そして、ボールペンをひっつかんで来た目的を果たそうとした。

「雪乃ちゃん。私はいま、携帯持ってきてないけど、自分の手に書いておくから、教えて! 雪乃ちゃんの携帯の番号」
 雪乃は横を向きためらった。
「駄目なの?」
 雪乃はじっと考え込んだままだ。由紀は唇を噛みしめ次第に泣き顔になった。
「わかった。あなたも私をからかってただけなんだ。私、ほんとうに信じてたのに。ひどい……。おもしろがってたんだ!」 
 雪乃は由紀の顔を直視した。それは意志の強そうな、しかし、驚きためらった眼だった。
「違います! 私、携帯持ってないんです。お金無いから。それが、恥ずかしくて……。でも、私、今働いてるんです。もうすぐ、お給料入りますから。すぐ携帯買います。買ったらすぐ電話します。ここに書いてください。番号!」
 雪乃は右手の掌を突き出した。中指の先に、おそろしくペンだこが盛り上がっていた。由紀は自分の左掌を雪乃の右掌に下に軽く添え、自分の携帯の番号を書いた。
「雪乃ちゃん。私、手紙もらってただけだけど、雪乃ちゃんのこともう、親友だと思ってるの。親友だよね?」
 雪乃はまた、ためらった。
「私なんか……。ふさわしくないです」
「そんなことないよ。私もう、信じられる人がほとんど居なくなったんだ。でも、雪乃ちゃんのことは絶対信じられる」
 由紀の眼がまたうるうるしてくる。雪乃は、深い息を吸った。
「私みたいな者でよかったら……、いいです」
 由紀の感情は猫の目のようにくるくると、絶望と歓喜を行き来する。そんな由紀を微笑ましく思ったのか、雪乃の口角が上がり、目が細まり、格別の笑みを浮かべた。雪乃は自分自身、人前で微笑んでいることが奇異だった。もう、ずっとそんな習慣を無くしていたのだ。

 原田コーチが後で叫んでいた。
「由紀ちゃん! 何をしてるの! 靴履きなさいよ!」
 コーチは由紀のスニーカーを手にぶら下げている。
 雪乃が会釈する。
「また、電話します」
 由紀が満面の笑みで答える。
「はい、待ってます」
 雪乃は足早に去って行った。傍らに来たコーチが問いかける。
「友達?」
「はい」
「もう、帰っちゃうの?」
「はい」
 雪乃の後ろ姿を見つめる由紀はすっかり上の空だ。
「何が、『はい、はい』よ……。 ほら、この子供ぉ!」
 コーチは由紀の足元の地面に、叩きつけるようにスニーカーを置く。引き返して行きながら、振り向いて怒鳴る。
「早く、戻っておいでよ! みんなには、『トイレに行った』って言ってあるよ。早く戻らないと、大だと思われるよ!」
「はい。いいです」
「何が『はい。いいです』なのよ……。人の言うことを聞け!」
 コーチはぶつぶつ言いながらもどって行った。  

 青い星が遠ざかってゆく。由紀はそれを視界に追ってゆく。雪乃が路地を曲がって姿は見えなくなっても、青い星は見えている。雪乃は由紀にとって、青い透き通った星だった。爽やかで、それでいて優しい、癒しの光を放つ星だった。