亡き王女のためのパヴァーヌ 完結
由紀はベンチから立ち上がり、川の鉄柵のほうに行き、福井の釣り竿を外し、リールを巻き上げ仕掛けの糸を引き上げる。その釣り竿を福井のテントの中に置く。
空になったテントに置かれた、その人がさっきまで触っていた持ち物。死というもの寂しさを感じた。人が死ぬということは、その人が占めていた容積分の空間が出来てしまうということ。風船が割れてその中の空気が散って、もう外界の空気と区別がつかなくなってしまうようなもの。
日は落ちようとしていた。西の空が赤く染まり、都会の地平線、遠いビル群の上の空はプルッシャンブルーとなり、レモン色の雲を浮かべていた。その上の雲は燃え上がるような赤に映えていた。
由紀は福井のテントを後にして、川を横にして歩いて行く。小さく口笛を奏でる。「亡き王女のためのパヴァーヌ」、もの憂いささやかな幸せに満ちた曲。
「ああ……、あと二千年か。多分、あと百年もあれば、雪乃は私の第二人格として完全に再生できるだろうし。でも、私は何をして生きていけばいいんだろう? 先のことは、今は考えないことにしよう……。とりあえず、この今の中に幸せを感じていよう……。だって、一人ぼっちでも世界はこんなに美しいんだし」
(了)
作品名:亡き王女のためのパヴァーヌ 完結 作家名:西表山猫