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亡き王女のためのパヴァーヌ  完結

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 香織は怒りにぶるぶる震えていた。
「お前なぁ。お前なぁ。二度と、そんなこと言うな! そんな事言うな……」 
香織の頬を涙が伝ってゆく。

雪乃は自分の部屋に入ると、新聞を広げ、由紀の写真をまじまじと見つめた。なにか懐かしいような甘い匂いを感じた。八歳の頃、まだ父親が生きていた頃、母親もまだ優しかった頃、あのかけがえのない楽しい思い出の日々。甘酸っぱい干し葡萄のような香り。もう二度と戻れない遠い思い。そして、さらにはるか昔からの知り合いであるような懐かしい思いがした。

 雪乃は次の日、学校の図書室のパソコンでインターネットを検索し、由紀の画像、動画、情報を検索しまくっては、自分のUSBメモリチップに保存した。十五才のときアルバイトして買ったメモリチップだった。これを持っていることは誰も知らない。施設の職員達には絶対に秘密にしてある。今いる施設では児童たちの日記、手紙は全て職員に読まれていた。だから、施設内には自分の書いた文書は何も置いておかない習慣がついた。日記は、学校のパソコンでエディタで書いてメモリチップに保存しておく。
 由紀の情報を調べてゆくにつれ、自分との偶然の一致に驚かされた。由紀は自分と同じ年の一月十日に生まれていた。八歳で父親を亡くしたのも同じだった。
 そうやって、内藤由紀でインターネットを検索してゆくうちに、由紀はとんでもないものを発見した。ある悪意に満ちたサイトに、由紀の自宅の住所が載っていたのだ。こういう内容は、そのうちブロバイダーに削除されてしまう。しかし、それまでには広まってしまう。雪乃はその住所をコピーした。そして、いやな気持ちになった。きっと、嫌がらせの手紙が由紀の元にどんどん届くのだろうと。 雪乃は由紀に手紙を書く決心をした。中傷、誹謗の手紙に傷つくだろう由紀の姿を想像すると心が痛んだ。その嫌がらせの手紙を上回ることは出来ないだろうけど、少しでも由紀の心を和らげる手紙を書きたかった。

 自分が由紀と同じ生年月日であることを書いた。父親が同じ八歳のときに死んだことも書いた。いままでフィギュアスケートを見なかったが、由紀の姿を見てとてもきれいで、かわいかったから、ファンになってしまったと。だから、由紀の滑る姿をもっと見たい。また大会に出てくることを楽しみにしていると書いた。
 しかし、自分の住所を書くことが出来なかった。施設の住所を書くのが嫌だったのだ。しかし、差し出し人の住所を書かない手紙など、嫌がらせの手紙の一通として、開封されない恐れもあった。だから、封筒の裏にとても小さな字で

「ユキノハユキガスキ」
「ユキノハユキヲミステナイ」
「ユキノハユキヲミマモッテイル」

と、書いた。小さな字なので、カタカナでしか書けなかった。
 雪乃はそうやって毎日手紙を書いた。そして、手芸部にいたの雪乃は一匹の猫の縫いぐるみを作った。由紀は猫の縫いぐるみが好きで、自身でも集めており、
ファン達からもたくさん貰っていたのを知っていたからだ。
 茶トラの猫を作り、真っ赤なコスチュームを着せた。由紀の以前の大会での画像を参考にして作った。それを厚紙の袋に入れて送った。

 それを送ってから、二日後の夜だった。急にまた、胸がズーン! と鳴った。ピンク色を帯びたマゼンタの赤い星を感じた。その星が瞬いている感じがした。 その星は自分の視野の北西の方角に見えた。それは、遠く離れてはあるが、ちょうど由紀の自宅のある方角だった。星は瞬き、きらめき、その光が嬉しそうに揺らいでいる気がした。
『由紀ちゃんが喜んでくれている』
 単なる妄想に過ぎないとは思ったが、甘美な妄想だった。

 それから、雪乃は突然高校を退学した。教師は思いとどまらせようとしたが、決心は変わらなかった。そして、施設を出て、縫製工場に就職し、その会社の寮に入った。三畳ほどの狭い部屋だったが、個室だった。
 雪乃には高校も大学も未練はなかった。別に勉強が好きなわけではなかった。ただ学校の勉強をしていると何も思い出したり、思い浮かべたりすることもなく楽だったからに過ぎない。
 元々裁縫は好きだったのだ。由紀のコスチュームを自分が縫いたい。いつか着てもらいたい。そんな夢を抱いた。実現する可能性などないとは思ったが、由紀に着せるコスチュームのデザイン画を描くことは楽しかった。
 由紀は雪乃の赤い星だった。優しく暖かな光を放つ星だった。