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亡き王女のためのパヴァーヌ  完結

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「こないだ、テレビで、二十七才の女性が、メード喫茶で一日メード体験ってのやってた。先輩のメードさんがね、『お店に来るご主人様に歳を聞かれたら、十七才と答えてください』って言うと、女性が『私、二十七才ですけど』って戸惑うの。するとその先輩がね『メードは永遠の十七才です』って」
 由紀がげらげら笑いだす。
「メードの世界って、奧が深い……・。あっ! 痛!」
 由紀が腰に手をあて、テーブルに突っ伏す。雪乃が心配そうに、由紀の傍らに屈む。
「由紀! どうしたの?」
 しばらくテーブルに伏せていたが、由紀は、うーん! と背筋を伸ばす。
「ごめん。だいじょうぶ。もう治った。最近背中が痛くなるの。背筋かなぁ」
 雪乃は安心して、自分の席に戻る。
「病院には行ったの?」
「あ、まだ。でも、行くつもり。世界選手権のときも、ちょっとあったんだ。背筋痛めたかなぁ。行きつけの外科に行ってみる」
「早く行かなきゃ駄目よ。体、酷使してるんだから、大事にしてやらないと」

 由紀は話題を変えようと、思い出したよう言う。
「そうだ! 雪乃に見せたいものあるんだ。食事終わったら、二階に来て」
「なに? 私に内緒で買った、ゴスロリの服が吊ってあるの?」
「また、そこにいく! えん罪だよ」
「カミングアウトしろ! 楽になるぞ。『私はロリータです』って」
「ないって。それは、ない。漫画だよ。後輩が、漫画貸してくれたんだ」

 食事が終わり、由紀の部屋へと上がる。由紀が八冊ほどのコミック本を取り出す。
「あ、これ好きなの。白拍子の祇王って女の人が主人公なんだ」
 雪乃がその本を受け取り、ぱらぱらとめくる。
「平安時代の芸者さんだね、白拍子って。祇女って妹がいるんじゃない?」
「あ、読んだの! これ、よかったよね!」
 雪乃は首を横に振る。
「漫画では読んでない。前に『平家物語』の現代語訳読んだから、この人達も出てきたの覚えてた」
 由紀が熱く語り出す。
「私、これ読んでからこの祇王、祇女がすっごく好きになっちゃった」
 祇王、祇女は平安時代の白拍子。祇王は平清盛お抱えで、その愛人。清盛邸に住むが、新人白拍子の仏御前を見初めた清盛が、祇王を追い出し、仏御前を後釜に据えてしまう。祇女は祇王の妹で同じ白拍子。清盛に暇を出され、母と妹の住む家に戻った祇王に対して、清盛は祇王、祇女を他の白拍子とともに宴席に呼び出す。一度は愛人として、清盛の側で寵愛された身が末席の白拍子として扱われる。あまつさえ、仏御前の機嫌をとるために歌を歌うことを強要される。家に帰った祇王は自殺しようとする。清盛の嫌がらせで、こういう恥辱がこれからも続くと思うと、耐えられなかったからだ。

 自分のベッドに腰を下ろしていた由紀が、雪乃の傍ら、床の絨毯にぺったりと座り、左手で雪乃の二の腕を掴む。右手はコミック本を開いて掲げて、漫画の中の科白を情感こめて読み上げる。
「祇王姉さん。私もいっしょに死なせてください!」
 雪乃が吹き出す。
「なに! もう突然、そっちの世界に入っちゃったの! やだ!」
 由紀が左手を離して、その指で祇王の科白の部分を指しながら、コミック本を雪乃の眼前に差し出す。
「やめてよ! 私、そういうノリは出来ません。無理! 言えない!」
 由紀は仕方ないなぁというような顔で、本を両手で持ち、今度は祇王になりきる。
「祇女! だめよ。あなたは死んじゃだめ。あなたはまだ十九よ。これから先、どんなすばらしい殿方にめぐり会えるかもしれない。あなたは幸せになって」
 由紀はまた祇女に戻る。
「姉さん。私だって白拍子よ。貴族、権力者の言うがままに宴席に侍り、その愛人にされ、いずれは、お払い箱。そうやって屈辱を味わったら、私だって生きてはいけません。でもその時には姉さんはいない。私、ひとりぼっちで死ぬのは心細いわ。だから、今、一緒に死なせてください」
 また、祇王になる。
「祇女! 一緒に死にましょう」
 由紀は祇女に戻って、雪乃に抱きつく。
「姉さん!」
 雪乃は由紀を振りほどこうとする。
「もう、やだ! ふざけるのは、やめて! やめなさい!」
 由紀はぱっと離れる。雪乃はすっかり呆れている。由紀はお構いなしだ。
「そう、やめなさい! って、二人の母親が止めに入るの。それで、祇王、祇女は年老いた母親を残して死ぬわけもいかず、かといって、清盛のところには二度と呼ばれたくないから、思いあまって、姉妹と母は尼さんになっちゃったのね」

 由紀は机の上に広げてある、旅行雑誌を雪乃が座るの目の前の床に置く。 
「で、この三人が尼さんになって暮らしたお寺が、ここ! 京都の嵯峨野。今は祇王寺と言われてるお寺」
 由紀は旅行雑誌の片面の拡大地図を指し示す。雪乃ものぞき込む。
「雪乃! ここに一緒に行こうよ」
 雪乃はやれやれという顔だ。
「京都でしょう。日帰りできないでしょ」
「土、日休みでしょ。新幹線で行けば近いよ。一泊二日」
 雪乃は無言だ。
「それでね、ここもいきたいんだ。祇王寺に近いよ。滝口寺」
 雪乃は『平家物語』を読んだ記憶を辿る。
「それって、横笛が尋ねていったお寺ね!」
 由紀は嬉しそうに、横笛が主人公で登場するコミック本を、を捜す。
「あ、これ!」
 雪乃がその本を受け取る。表題に『恋しとよ 君恋しとよ』と書かれている。後書きを読む。
「なるほど。『恋しとよ 君恋しとよ 床しとよ……』って、梁塵秘抄の中の歌なんだね」
  梁塵秘抄とは平安時代の今様の集成本である。今様は当時の流行歌といっていいものである。
 由紀がその本を雪乃の手から、取ろうとする。雪乃は身をよじった。また、なりきりの芝居に付き合わされてはかなわぬと、本を渡さないようにしたのだが、由紀のほうが一瞬早く、取られてしまった。スポーツ選手の運動神経にはかなわぬと思った。それで、科白を読み上げられる前に、さっさと内容の質問を切り出した。
「それで、漫画では、横笛が滝口入道を尋ねて、追い返されたあと、どうなるの?」
 横笛は平清盛の娘徳子の侍女で、出自は卑しい。清盛の息子重盛の家来斉藤 時頼は横笛と恋に落ちる。しかし、親は身分の低い横笛との結婚を許さず、時頼は親と横笛の板挟みとなり、どちらも傷つけたくなく、出家する。時頼は天皇警護の滝口の武士だったので、出家後は滝口入道と呼ばれる。出家した時頼を横笛は捜しあて、その寺に行くが、時頼は同輩の者にそんな者はいないと言わせ追い返す。横笛は時頼の声を聞いてたのに、その仕打ちですっかり落胆する。

 由紀はうれしそうに、また旅行雑誌のほうに目を向ける。
「さすがだね。やっぱり横笛の話も知ってるんだ。横笛は帰り道で悲観して、川に身を投げて死んじゃうんだ」
 雪乃が肯く。
「なるほど、そっちの話か。それは『源平盛衰記』の横笛の話だわ。『平家物語』では、奈良に行って、自分も尼さんになってしまうのよ」
 由紀が、えーっ! という顔をする。
「それ、どっちの話が本当なの?」
 雪乃が慰めるように言う。
「千年も前のことだし。何が真実かは誰も正確にはわからない。由紀が好きなほうの話を、本当にしておけば」
「それなら、漫画のほうの話ね」