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ツカノアラシ@万恒河沙
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novelistID. 1469
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ひとくいのかがみ

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巽はにっこりと主人に笑いかけながら言う。正体不明の気味の悪い物体を捕まえているとは思えないぐらい爽やかな優しげな笑みだった。その昔、数多くの女性が騙されたらしいと噂されるだけある。できることなら、ぜひ後ろからとび蹴りを食らわせたい位に爽やかな笑顔であった。嘘くさい事この上なしである。
「好きにすれば」
「左様でございますか」
と、巽は答えると、女の首を左手で掴んだまま右手で女の顎を持ち上げて接吻した。神田川の顎が落ちる音がする。女は巽の唇から逃れようと厭々をするように首を振ろうとするが無駄な抵抗に終わる。その内、女がうっとりしたように唇を受け入れはじめた。びくびくと蠢く背中。それと同時に女の髪から色が抜けていき、艶やかだった黒髪が白髪と成り果てる。髪だけではなく、顔には皺がより、皮膚の弾力が失せていっている。女も自分の異変に気がついたのか巽から逃れようとするが、時すでに遅し。女の躯は白くひび割れ、割れた石膏像のように崩れ落ちてしまった。同様に、鏡も見る見るうちに白茶けたかと思うと砂のように崩れたのである。残ったのは、床に広がる白い砂。床の掃除が大変そうである。
「お前ねぇ。好きにしろと言ったけど、喰ってしまう事はなかろう」
玲は扇で口の辺りを隠したまま呆れたように小さく嘆息すると、片眉を引き上げワザとらしくちろりと巽を横目で見た。扇で隠された口元には先ほどとは少し違う微かな笑み。巽に行為にそんなに呆れている訳ではないらしい。巽は手袋外しハンカチで口元を拭い、薄く爽やかな笑みを浮かべた。
「人前でご婦人と接吻する程度で動じる程、初心ではございませんので」
と、言って巽は更に笑みを深くしたのである。そういう問題だろうか。何か何処かが違っているような気がする。そもそも正体不明の化け物をご婦人の範疇に入れてよいのだろうか。その上、会話が微妙に噛みあっていないような気もする。因みに、可哀想な神田川くんはすっかり石化して、元に戻るのに暫く掛かったそうである