ひとくいのかがみ
「うーん、警部。ソレ飾るのは、警部の勝手ですけど。たぶん、喰われますよ」
玲は花が綻ぶかのような笑みをその端整な顔に浮かべて言った。右手で持った金地に薄紫色の藤が描かれた扇で鏡を指し示す。見た者をうっとりさせずにいられない笑みとは裏腹な物騒な台詞だった。神田川は玲の台詞に首をきっかり45度傾げて少し慄きながら問い返す。口の端がぴくぴくと軽く痙攣していたのは、言うまでもない。
「く、喰われる??」
「そう、喰われますよ。まぁ、命がけで美人のお化けと快楽の限りを尽くして寝たいっていうなら僕は止めやしませんけど。体が持つのは五日間位かな。ねぇ、巽」
玲は口元を扇で隠しながら、椅子にかじりつきながら慄いている神田川を面白そうに見ながら傍らに畏まって控える性悪執事巽に同意を求めた。くすくすと唇から漏れる笑い声。神田川の反応と鏡が楽しくて仕方ないらしい。困ったものである。
「玲様の仰る通りかと存じます。神田川様、五日間お楽しみになれば、残りの人生お捨てになさると言う事でございましたら鏡を飾られるとよろしいかと」
白い背広を着た人の良さそうに見える優男がおっとりとした口調で主人に同意する。一見すると彼は口調も表情もとても優しげに見えるが何気に更に酷い事を言っているような気もしないでもない。本当に血も涙もない人たちである。神田川の口から乾いた笑いが空しく漏れた。自分を哀れみたくなる位、おもちゃにされている気分である。
「たぶん、楽しめるのは初日か二日目くらいじゃないか。あとは衰弱する一方だし」
「蟷螂が一度の逢瀬で頭からバリバリと食べられてしまう事を考えると幾分マシかもしれませんよ」
主従はにこにこ笑いながら更に神田川に畳み掛ける。ただし、全くと言って良いほど神田川を心配するような台詞は出てこなかった。しかもどこかピントのズレた台詞である。示し合わせたかのように困った主従であった。まぁ、だいたい今までの台詞を見ればこの二人にまともな対応を求める方が間違っているに違いない。
「……何気に二人とも酷い事言ってないか、ソレ。しかもにこにこ笑って言う台詞じゃないぞ」
作品名:ひとくいのかがみ 作家名:ツカノアラシ@万恒河沙