詰めの一手・問題編
しかし、この学園設立当初から校訓として、『創造』『実行』『貢献』とあり、おかげで自由な気風が育ち、学園は生徒主導で舵取りが進んだ。
教師陣は、生徒が本当に間違った道へ進んだ時だけ動く為、教師の力は必然的に強固なモノとなった。経営陣は、君臨すれど統治せずの方針で良く言えば生徒達を信頼し、悪く言えばほったらかしにした。
「先輩、こう言っては失礼ですが、話が見えてきません。先輩は何を問題にしているのですか?」
まるで先生みたいだ。忠義はまた苦い顔をして、頭を回転させる。
露骨な癒着問題はない。あったとしても、書いたら新聞部が潰れるからなしの方向で。では、それに変わるネタは何か。代理実行局が、何故今のような力を持つようになったのか。生徒会がヘタレたから。では、どこがターニングポイントになったのか?
気付いたら渋川は、こちらを見ている。いつから見ていたかは分からないが気恥ずかしい。
「どうかしましたか?」
それはこっちの台詞だ。恥ずかしいじゃないか。
「恥ずかしいじゃないですか」
それには同意する。
二人して、見つめ合っているとドアが開く。帰ってきた少年は両手に沢山の資料を抱えている。どうやら、彼のお使いは首尾よく行ったらしい。
こちらに失礼します、なんて他人行儀に彼は忠義と、渋川の間に資料を置く。
「ありがとう。もう帰っていいよ。それと、彼女にありがというって伝えといて」
彼は五分後辺りにデリバリーが来る事を告げ、歳相応の表情を浮かべて走って帰っていった。
彼が持って来た資料を忠義は片っ端から荒らしては、中を見ない。
「これのどこが資料になるの?」
「これらは立派な資料ですよ」
学園の外部向けパンフレットから始まり、学生がその気になれば誰でも手に入るものばかりだった。忠義の目から見て唯一資料と言えそうな物は、年代物の帯禁書だけ。
「これは、読む間でもないですね」
そう言って、渋川は古い帯禁書を長机に放り投げた。
「それが一番マシっぽく見えるんだけど?」
忠義は形だけの抵抗を企ててみる。
「先輩は優しいですね。あの子が持ってきたモノを全て資料として扱おうだなんて」
これは新手の嫌味だろうか、と一瞬本気で考えていたら、
「もしかして、本当にあれが資料になるとでも考えてました?」
こちらの反応を窺うような弱弱しい声で渋川が問うて来た。
「古ぼけてていかにもな雰囲気を醸し出してるじゃないか」
精一杯軽い、元気な声で答える。
「古過ぎますよ。まさに、『カビの生えた』という形容詞が似合います」
これは素なんだ。さっきまでの、丁寧な言葉遣いのまま段々口が悪くなってきている。
そして思う。
さっきまでの大人しいだけの渋川は、全戦不戦勝をした時の好戦的な笑みを浮かべていた時と印象が違う。多分、今口の悪い渋川が『打たずの本因坊』の記録を打ち立てた本来の渋川なのだろう、と。
命名するなら『打たず』モード。
ベタなネーミングだが、渋川と『打たず』が別人だと思っていれば、さっきの印象の違いも納得だ。