あぁ、麗しの君
壁には、可愛らしい木でできたシンプルな時計がかけてある。
部屋の端に置かれた鉢植えには大きな観葉植物が生えていた。
四谷は見覚えのない部屋に一瞬パニックになりながらも、自分のおかれている状況について考えてみた。
自分は今シングルのベットの上にいる。
自分のすぐ脇には大きな窓、クリーム色の壁紙。
(…窓?)
四谷は急いで窓の外を見て驚いた。
真下にはよく見慣れたあの庭があったのだ。
彼は再びパニックになりかけた。
(一体全体どういうことだ?何故俺は今彼女の家にいるんだ!)
とりあえず今までの出来事を思い返してみる。
(…まず朝起きて味噌汁を作り姉にえのきを入れるなと怒鳴られた。)
(…そして学校に行く途中でチワワに襲われて…駄目だ。もっと速送りをしよう。)
(授業が終わった帰り道。俺はいつも通り白い家の前をゆっくりと歩いて彼女を見守り…。)
「あぁ!」
四谷は唐突に思い出した。
俺は変質者に勇ましくも殴られたのだ。
…では俺をここへ運んだのは…?
ドアがバンと開き四谷の思考を遮った。
四谷はパッとドアの方向へ首を回す。
そのさきには四谷が夢にまで見た、彼女が立っていた。
四谷は脳内が噴火し思考停止となった。
彼女はとたとたと四谷に近付いて行く。
「こんにちは!」
にっこりと、まるでスノーホワイトが一斉に咲き開くように彼女は微笑んだ。
四谷はぐるぐると煮たった頭で何とか言葉を発した。
「おいいいおいくつですか?」
全くもって訳の解らない質問である。
彼女は一瞬きょとんとした後答えた。
「はっ…あ。18歳だった。」
四谷は上手く機動しない思考で「それはそれは僕のひとつ上ですね。ははは」と笑った。
彼女は無邪気な顔で、
「わぁかおがまっかっか。たこさんみたいだね。」
と喜ぶ。
何だかよくわからないがとても可愛らしいことだけは確かだった。
四谷は必死で台詞を絞り出す。
(これは夢だろうか?多分そうだ。)
「おれおれおれはよつゆ…じゃなくて四谷夏那といいます。きっ君は?」
彼女は楽しげに答える。
「小夏ちゃん。小さい夏で小夏ちゃんていうの。小夏ちゃんってよんでね。かーくん。」
勝手にあだ名をつけられ舞い上がる四谷。
しかし想像していた彼女とは少し違うことに四谷は気付き始めていた。
いくらなんでも発言がいちいち幼すぎるのだ。
とても年上とは思えない。
かといって自分をおちょくっている様にも思えないのだ。
(…もしかしてなにか障害が…?)
大分落ち着いてきた四谷は
(それでも構わないな。俺は一生小夏ちゃんを守る。)
と男らしく考えた。
小夏はもう一度にっこりと微笑んだ。
「かーくんおともだちになろうねぇ。」
それを聞いた四谷は再び頭が真っ白になった。
変質者にはからずも殴られに走った時と同じ状態である。
四谷は何も考えず叫んだ。
「好きです!!!」
バンッともう一度ドアが開き美しい女性が入ってきた。
呆然とする四谷に女性はにっこりと笑いかけた。
「あら、ありがとう。母親の私も嬉しいわ。」
四谷は再び気絶した。