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あぁ、麗しの君

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「…かーくん?」

小夏はもう一度小さく震えた声で呟いた。
しかし四谷の鼓膜はその振動を受け付けなかった。
いや、むしろ彼の機能は全て停止してしまったと言ってもよい。
何故なら四谷が血の繋がらない異性の手を握ることなど実に十三年ぶりだったからである。
ちなみに記念すべき一度目は保育園の遠足でジャンケンというごく全うかつ平等な戦いに勝ち抜き当時担当して(されて)いた保育士と手をつないだというものだった。
四谷曰く今思えば何故あんなに保育士と手をつなぎたかったのかは謎である。
おそらく園児と比べれば極端に少ない割合の保育士と手をつなぐという非常に倍率の高い権利へのよくわからない憧れからなのだろう。
後に四谷はそう語っている。

…しかしそんなことは今現在あまり関係ないので話を進めておこう。

四谷はもう自分を客観視する能力を失っていた。
客観視出来なくなった人間はどうなるのか。
つまり我を失うのである。
もとより主観一筋で生きている様な男のわずかな客観能力を奪ったのだ、もはや彼を止められる人間はいなかった。
しかし客観能力を失った四谷というものは同時に「俺ごときがこんなことしてごめんなさい死んで御詫びします」という性質が消滅してしまう。
四谷の脳髄沸騰にはこの様な能力が潜んでいるのである。

「…かーくん?かーくんっ」

四谷は流れるプールに到達すると小夏をふわりと抱え上げた。
そして流れるプールにぽいと放り込む。
普段の四谷ならば到底出来ない行動である。

「わぁっ…あれ?足つくね。」

四谷はどうやら浅い所を狙っていたらしい。
自分もぴょいと飛込んで背を向けて、小夏に向かって腕を伸ばした。

小夏はしばらくきょとんとし、そしてすぐに微笑んだ。
四谷は背中を向けたままだ。

「…?あ!おんぶだ!」

小夏は四谷の背に飛び乗り首に腕を回す。
二人はそのままカバの親子の様にプールを流れていった。


作品名:あぁ、麗しの君 作家名:川口暁