ラベンダーの夏
その年の夏の終わり、店を閉めて、町の噴水の傍を歩いていた僕は、一羽の鳥を見かけた。その鳥は、噴水の石に留まって僕をじっと見ていた。
深い紫色をした鳥で、目はもっと深く、濃いラベンダー色だった。それは、あの女の子の瞳と、同じ色をしていた。
鳥は、しばらく僕の頭上を旋回した後、少しだけ遠巻きに僕を見て、一声鳴いた。その声は、甲高くもなく低すぎもなく、美しく町の広場に響いた。そしていつの間にか、一番星の現れとともに、いなくなっていた。
それから一年が過ぎ、僕は店の前にラベンダーを飾った。美しい流線型の、針金で造られた小さな入れ物に、数本立てかけて置く。
でも、その年の夏、女の子は来なかった――一度も。
けれど、女の子の代わりに、白い鳥が、店に入ってくるようになった。ラベンダーの香りのようにさりげなく、それでいて存在感はある……そんな感じだ。
その鳥は、ラベンダーティーを入れる僕を、じっと見つめていた。白いワンピース……あの女の子が着ていたワンピースのような白い鳥で、目は深く濃いラベンダー色だった。あの女の子と、同じ目だった。
僕が自分の分と鳥の分のラベンダーティーを入れると、白い鳥はとことことやって来る。そして、自分の分のラベンダーティーの器の中に、ゆっくり身を浸すのだった。
それはまるで、女の子の言っていた、『全身を染める』作業にそっくりだった。
十分に温まると、鳥は、はにかむように首を少し傾けて、大きなラベンダー色の目で僕を見上げ、飛んでいくのだった。
毎週やって来る鳥は、段々と白から紫へと色が変化していった。そして、その年の夏も終わるという頃には、去年見た紫色の鳥と同じ姿になっていた。
『彼女』はまた、噴水のところで僕を待っていた。そしてまた、――飛んで行った――。
さて、あの子は今年も来るだろうか。
店の前に飾られたラベンダーが揺れるたび、僕はあの鳥のことを思い出す。
今年はまだ、鳥は来ない。
僕の夏はまだ、始まらない。
ラベンダーが揺れる。人が来る。
またラベンダーが揺れる。人が行く――。