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透明人間

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蒸し暑い夏……。
今日も俺は街を歩く。
俺とすれ違う人はいつも通り、変わらない日常を送っている。
そんな中、俺は通勤ラッシュの人ごみをかき分けながら逆行する。
しかし、いつものように俺に気づく人はいなかった。








いつからだろう……いつからか分からないが俺は、いわゆる「透明人間」になっていた。
俺自身は自分の姿を見ることができる……が、他人からは一切俺が見えないらしい。
普通の人なら透明人間になれたら喜ぶだろう。いろんなところに行き放題だわ、いたづらし放題だわ……。
しかし俺はいつから、何が原因でこの姿になってしまったのか分からない。
元に戻る方法も分からないために、誰からも相手にされない生活を余儀なくされた。親からも、友人からも、知人からも……。
何も分からない人からすれば「そんなことがどうした?」と思うだろう。
これは「外部との接触が絶たれている」わけだから、普通の人なら数ヶ月もあれば発狂するレベルの話だ。これは精神学的にもいわれていることだ。
俺はこのことを知っていたからこそ冷静でいられたし、逆に焦ってもいる。
いつ自分が精神崩壊をして発狂しだすのか怖いのだ……。

「ただいま……」
そう言って帰ってきたのは郊外にある草むらの中に立てられた廃墟。もちろん返事はない。
透明人間になってから独り言が増えたと思うが、これも精神崩壊の兆候なのだろうか……。
この廃墟は自分がずっと使ってる住処だ。
水道も、ガスも、電気も、ネットすらもなぜか通っていたが、「廃墟に煌々と電気が点いている」という状況になって警察沙汰になるのはやっかいなので夜は電気をつけないようにしてる。
そういうこともあって今は昼に寝て、夜に街に出かけるという昼夜逆転の生活を送ってる。
「さぁて……寝ますか」
そう言って通勤ラッシュが終わるころの時間に俺は汚らしいベッドの上で一日を終えた。

何かにゆすられている。
そんなに寝た気がしない。
まだ周りがだいぶ明るい……時間帯は13時〜15時といったところか。
重たいまぶたをゆっくりと開けてみると、そこには子供がいた。
男の子で、虫取り網を持っている。何故かこっちをじっと見て、俺の体をゆさぶってる。
「俺は眠いんだ……起こさないでくれ……」
そういってもう一回寝ようと思ったその時、覚めかけていた俺の頭の中にひとつの疑問が浮かんだ。
そして、俺はベッドから飛び起きた。
「おい、ガキ!なんで俺が見える!?」
その子供はびっくりして少しひいてしまって、おびえている。
落ち着かせて話を聞いてみると夏休みの宿題の関係で虫取りをしていたらこの廃墟に迷い込んで俺を見つけたらしい。
とりあえず、こいつが親に俺がここにいることをばらすとやっかいなので適当な理由で口止めをしておいてその場は返した。
……この後、あんなことになるとは俺も思ってみなかった。

子供を帰した後に二度寝をしたので、普段より遅い時間に起きた。
支度を整えていざ出かけようと廃墟を出たとき、そこには昼間にここにきた子供がいた。
不審に思い様子を見ていたが、特に何か怪しいところがあるわけではなかったので声をかけてみた。
「おい、またこんなところにきてどうした?」
「おじさん……お母さん達が僕のことを無視するんだ……」
最初のうちは何の疑問もなかったその言葉だが、細かい話を聞いてるうちに驚くことが分かってしまった。
この子と親は別に仲の悪い親子ではなく、それどころかかなり関係は良好のようだ。今朝も宿題で外に出て行くということでいろいろ心配をしながら玄関先まで送ってくれたそうだ。
しかし、俺と会ってから家に帰ると親は子供の存在に気がつかないだけでなくその「存在」そのものがなかったように振舞っているらしい。
……詳しく聞けば聞くほど自分の「透明人間」の症状と同じだった。
俺はその子供相手に、「透明人間」をわかりやすく説明するために何時間もかけた。
その後は自分とその子供はしばらく行動をともにすることとなった……。








「おじさん!ご飯の時間だよ!!」
日記を読んでいた俺は扉の向こうからの声で現実の体に意識が戻った。
日が沈みかけている夕方、いつも通り俺は扉越しにタクに起こされた。
タクは数年前に突然俺が面倒を見ることになった子供だ。
自分も数年前まではやっかいなガキンチョだったのに、いつの間にか自分が面倒を見る番か……。
どこか感慨深さと俺をここまで育ててくれた「おじさん」への感謝が沸いてきた。
そんな気持ちのなか、自分は居間の方に降りていった。

今読んでいたのは「おじさん」の日記だ。
俺やタクと同様におじさんも、通称「透明人間感染症」に感染した人だった。
この感染症は、発症した人の「存在」が認知されなくなるという不思議な病で、特定の因子を持った人にしか感染はしない。その因子を持つ人は感染症にかかった人の「存在」を認知することができるという特徴があり、その人が感染者と直接接触すると感染していくということが分かっている。
さらに問題なのは感染すると感染母体である人の「完全な消失」へのカウントダウンが始まり、そのタイムリミットは4年後となっている。
おじさんは僕の感染母体だったので数年前に「消失」してしまった。その後しばらくは一人で生活をしていたが、因子を持つタクと出会ってしまい彼も感染してしまったのだ。








俺がタクと生活し始めて1年が過ぎようとしていた。
俺もタクもやっと新しい生活に慣れ始めたころだ。
タクが住処の周りの草むらの中に十字架があるのを発見した。
そこには「マ…ヤ アリ…」と記されていた。自分はどこかで聞いた事がある名前の気がしたが、それが誰なのか思い出せなかった。
その十字架には何故か俺あてに「何かあったら掘り起して」と書いてあった。
何か気味悪かったが、とりあえず掘り起こしてみることにした。
白骨かお棺が出てくるかと思ったら、何故かジュラルミンケースが出てきた。鍵は外れており、ロックを開けて中をのぞくと女性好みのデザインの手帳に書かれた数冊の手記が見つかった。
俺はそれを一ヶ月近くかけてじっくりと読み込んでいって、初めて理解することができた。
その十字架は俺の恋人の物であって、その手記は彼女が俺のために残した日記だったということが……。

マミヤ アリコ。彼女は俺の恋人であり、将来を誓った仲であった。
彼女とは長い付き合いから互いのことをよく理解していた。
彼女は医師を志望していて、古代の病気や治療法を元に行き詰った現代医療の世界に新しい医療ができないかを模索していた。すごく情熱を注いでいた。
しかし、そんな彼女がある日を境に急にいなくなってしまった!さらに彼女の両親や友人達に連絡を取ってみるとみな一様に彼女の「存在」をすっかり忘れていた。
自分だけ彼女のことを覚えているという奇妙な現象……。不安で毎日を生きていくのがつらかった。
そんなある日。偶然、いつもよりも早い時間の電車を使って会社に向かっているとなんと通勤ラッシュの人ごみを逆行する彼女がいるではないか!!
俺は彼女を呼びとめ落ち着ける場所で話を聞こうとしたが、彼女は俺の存在に気づくや否や猛然と走り去ってしまった。
作品名:透明人間 作家名:黒井 心