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「だけど」

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 耳も塞いでしまいたかった。だけど、そもそも雨の音しか聞こえていなかった。

 そう思っていると、私の右手に触れるものがあった。
「……?」
 初めて覚える感触だった。暖かくて、柔らかくて、力強い。私はそれに握られている。なんだろう? これは一体なんだろう?
 私はゆっくりと目を開けて、右手がなにに握られているか確認した。そこにあったのは、まるで信じられない、ありえない光景だったのだけれども、それは確かにそこにあった。
「……っ」
「だいじょうぶ!? 動ける!?」
 女の子が、私の右手を握っていた。私よりはきっと大きな女の子。綺麗な、気の強そうな女の子が、私の、触れてはいけないその手を握っていた。
「……なにやってるの?」
「なにって、決まってんじゃん助けてんの! だいじょうぶ? 動ける?」
「助けるって、あなた、私のこと判ってるの? 山のふもとの……」
「知ってるよ! 楓ちゃんでしょ!? だったらなに!?」
 自分の名前なんて久しぶりに呼ばれたものだった。
「知ってるならなんでそんなことするの!? 死ぬんだよ! 私に触ったら死んじゃうんだよ!」
「それで!?」
「それでって……」
「私が死ぬことより、自分のことを考えなよっ! そんなでっかい木にはさまって……私が助けなかったら絶対死ぬよっ!」
「……良いよ、死んだって」
「えー? なに? 聞こえなーい!」
「死んだって良いよっ! 私なんてどうせ、こんなところで死ぬのがお似合いなのっ! あなたが私のために死ぬ必要なんて、絶対ないっ!」
「……」
 女の子は、すこし考えるようにして、大木の方にまわった。大木はとても大きくて、彼女の手ではどけきれなかったらしく、すぐに彼女は、私の手を引くのを再開した。
「どうして……助けようとするの?」
 私は、今度は小さな声で聞いた。
「楓ちゃんは、こんなところで死にたくないって思ってるから」
「お、思ってないっ!」
「うそ」
「嘘じゃないってば!」
「だって私、知ってるもん! 楓ちゃん、手紙にもっと楽しく生きたいって書いてること知ってるもん! もっとみんなと仲良くなりたいって書いてること知ってるもん!」
「え……?」
「だって、私、村長の娘だもん! 村長の代わりに楓ちゃんの手紙読んでるの、私だもん……楓ちゃんに手紙返してるの、私なんだもん!」
 私は驚いた。
 私は、村長さんにではなく、この子に生かされていたのだ。
「でも、私のところに、お手紙返ってきたこと、一回もない……」
「それは多分……郵便屋さんが楓ちゃんのところに行くヤツは全部捨てちゃってるから。私、いつも楓ちゃんの手紙、読んでるもん!」

 ――雨の日以外は外に出たくありません。
 ――蝙蝠傘を避けて歩いてください。
 ――死んだ方が人のためなのでしょうか?

 それは確かに、私が手紙に書いたことだった。

「楓ちゃん……私ね、楓ちゃんのこと助けてあげたいと思ったんだ。村の呪いの所為で、誰にも触れないし、誰にも近づけない、近づいてもらえない。私なら、絶対そんなの耐えられない。村のみんなは差別するけど、私は絶対、楓ちゃんのこと見逃せない。楓ちゃんだって生きてるんだもん! 楓ちゃんだって人なんだもん! 楓ちゃんにだって楽しく生きてほしいよっ! 楓ちゃんにだって晴れてる日に歩いてほしいよっ! みんなが楓のことを好きになってほしいよっ!」
「……あなた……」
「あなた、じゃないよ」
「……?」
「空、って云うんだ。私の名前」それは、私の忘れていた、曇りのない空。

 空ちゃんのお陰で私の身体は大木から抜け出すことが出来た。私は空ちゃんに、ありがとうを云ったあとで、云う。
「さわ……っちゃったね」
「良いの、楓ちゃん。だって私、楓ちゃんのこと助けてあげられたしょ?」
「うん……だけど、どうするの?」
「あはは、楓ちゃんの家にでも、住むかなー?」
 空ちゃんは明るい笑顔で私にそう云ってくれた。
 空ちゃんの笑顔を見ていると、私はとても安心出来て、なんだかこんな気持ちははじめてで、人の前だと云うのに泣いてしまった。いままで味わったことのない、悔し涙以外の涙だった。

 私は呪い子だった。
 人に差別されていた。

 だけど、人と触れ合えた。

 私の人生のなかで、こんな幸せなことはない。私は、空ちゃんに、感謝の気持ちでいっぱいだった。
「あ、雨あがったね」
 空ちゃんは、私の手を握ってくれた。
「いこっか」
 彼女が歩き出す。私も一緒に歩いた。



 空ちゃんは私に、命懸けで教えてくれた。人と触れ合うことの大事さ。人は人と触れ合わないことには、必ず生きていけないんだ。
 強い者は、ただ強いにあらず。弱い者に手を差し伸べてこそ、それは強い者なんだ。
 人に好かれる人はただ好かれるにあらず。人を好きになれるから、自分も人に好かれることが出来るんだ。
 空ちゃんは、いまはこの下に眠っているけど、最後まで私に笑いかけてくれた。私の一番ちかいところで、私に笑いかけてくれた。
 私は、空ちゃんの思いを継いで、これからも生きていこう。空ちゃんの思いに応えるために。空ちゃんが愛したもののために。

 だけど、私がまた悲しさを覚えたら、
 そのときは、空からまた私に教えてね。
作品名:「だけど」 作家名:雛蹴鞠