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せき あゆみ
せき あゆみ
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綿津見國奇譚

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第五章 最後の戦い




  一、復讐

 ホオリ族の地に向かったクサナギ、ヒムカ、サクヤ、シタダミ、ニシキギの五人を見送ったシノノメは胸騒ぎを抑えることができず、空をうらめしげに眺めてはつぶやいた。
(あの子はきっと、ハマクグに復讐するつもりだわ。それは誰にも止められない。わたしに空を飛ぶ力があったら……)
 その時上空を飛んでくるものがあった。見ていると、それはだんだんシノノメの方へと近づいて来る。
「まあ、カササギ。どこにいたの?」
 カササギはシノノメの前に降り立つと背をむけ、羽根をひろげて首を上下に動かした。
「乗れって言うの?」
 いかにも「うん」とうなずくように頭を下げた。
「むりよ。そんな小さな体で」
 シノノメは苦笑した。なにしろカササギの大きさは鶏くらいで、とても人など乗せて飛べるわけもなかったからだ。ところが数回羽ばたくうちにカササギの体は大きくなり、シノノメが乗るには十分な大きさになった。
 おそるおそるカササギの背に乗った時、それがシラツユの気をうけて授かった力だとわかった。そしてシラツユがすでにこの世のものではなくなったことも……。
「ありがとうございます。シラツユさま。わたしの恩師ツヅレ婆さま……」

 ヒムカを先頭にシタダミ、ニシキギ、サクヤ、そしてしんがりを守るクサナギは北の山脈沿いを低く飛んで進み、ハヤト邑の上空に差しかかった。その時シタダミが言い出した。
「ヒムカ。ぼくはハマクグを討ちに行く。悪いけど戦列を離れるよ」
「だめだよ。勝手なことするな!」
 二人が言い合うのを見て、クサナギが仲裁に入った。
「どうした。こんなところで」
「だってシタダミが勝手なこと言い出すから」
「ハマクグはぼくの父の仇なんだ! せっかくここまで来たのに、素通りなんて」
 シタダミの目は真剣で決意の固いことは見て取れた。しかし、個人的な感情での復讐を見過すわけにはいかない。
「お願いです。あいつに苦しめられてきた人たちのためにも、ぼくの手で」
「ヒムカ、それにクサナギさん。アカマダラの城への案内はおれ一人でもできる。サクヤもいるし。シタダミの気のすむようにさせてやって」
と、同じようにベニヒカゲへの復讐心を持つニシキギが口添えした。
「でも、一人で行くなんて……」
 サクヤはシタダミがいつこのことを言い出すか、ずっと気にかけていた。サクヤの気持ちも察したニシキギは念を押した。
「なあ、シタダミ、無茶だけはしないって約束してくれ。俺たちにはもっと大事なことがあるんだから。でなきゃおれも賛成しかねる」
「うん……」
「どうするヒムカ。君が決めたまえ」
 ニシキギの口添えとクサナギの言葉でヒムカはシタダミの願いを聞くことにした。
「わかったよ。でも、フサヤガ兵もいるし、無理だと思ったらできるだけ早く戦列に戻ってくれよ」
「うん、わかった」
 シタダミが心配でならないサクヤはシタダミと一緒に行こうとした。
「待って、シタダミ。私も行く!」
「だめだ。来るな!」
 いつにない剣幕でシタダミはサクヤにどなった。
「なんだ。ぼくの妹にそんなひどい言い方するなんて」
 ヒムカが怒り出し二人は殴り合いになりそうになった。それをクサナギが止めた。
「やめなさい、こんなところで。今は感情的になってはいけない。とくにシタダミ。冷静に判断するんだ。みんな君を信じていかせるんだから」
「はい」
 シタダミはハヤトの宮殿に向かった。それを見てヒムカが吐き捨てるように言った。
「なんだい、あいつ。むかつくな」

 そのときカササギの背に乗ったシノノメが飛んできた。
「シノノメさま、よくここへ。途中でホオリ軍には?」
「ええ、クシナダ邑の上空で……。でも森すれすれに飛んでいたから見つからなかったわ。北を回っていたらあなた方に追いつけないもの。ところであの子はハマクグのところへ?」
「はい。心配なのですが、どうしてもというので……たった今」
「そう、やっぱり……。胸騒ぎがしたの。あの子の気が尋常じゃなくて……」
「シノノメさま、わたしが行きましょうか?」
「いいえ、あなたは予定通りホオリ邑へ行って」
 クサナギの申し出を断り、シノノメは急いで下りていった。
 
 宮殿のまわりは以前から駐屯しているフサヤガ国の兵士がとりまいていて、その数はだいぶ増えていた。警備兵を当て身で気絶させ、シタダミは奥へと進んだ。
「ハマクグ! どこだ」
 ハマクグは寝室にいた。数人の美女にかこまれ寝台に寝そべって酒を飲んでいた。真っ赤な顔は脂ぎっててかてかしている。充血したぎょろ目にあぐらをかいた鼻、唇の分厚い大きな口、酒を一口飲むたび舌なめずりするのがいかにも下品だ。
 母に見せてもらった肖像画の父は知的で精悍な顔立ちをし、背が高く均整のとれた体格をしていた。今シタダミは、でっぷりと脂肪の塊のように肥ったハマクグを目の前にして、兄弟というのが信じられないほど、父とのあまりの違いに辟易せずにはいられなかった。
「おお、これは珍しい。わが甥御ではないか」
「甥だなんて言うな。おまえは父の仇だ!」
「それは誤解だ。それよりおまえ、わしの跡継ぎになってくれんか? ここはまもなくフサヤガのものになるが、わしはそのまま統治するんだ。もっとすばらしい都になるぞ!」
 ハマクグはにやにやしながら、猫なで声を出した。
「うるさい」
 その声が終わらないうちにシタダミの武器、飛苦無がハマクグの頬をかすめて壁に刺さった。
「きゃあ」
 女たちは悲鳴をあげ、逃げるように部屋を出ていった。
「ふん」
 ハマクグは頬の血を指でふきとってぺろりと舐めると、今までとはがらりと変わった形相ですごんだ。
「小僧! ひねり潰してやる」
 巨漢のハマクグは立ち上がると、太刀を抜いて威嚇した。シタダミはひるむことなくハマクグと対峙した。
「うおー」
 ハマクグの一太刀が風を切ってうなる。ひらりと身をかわすシタダミ。
 ガツッ!
 鈍い音がして床が砕けた。宙に浮いたままシタダミは笑った。
「へえ、酔っぱらってても剣は使えるんだ」
「こしゃくな。すぐにみじん切りにしてやる」
 ハマクグはまた太刀を振りあげ斬りかかった。しかし、手応えはなく勢い余ってつんのめった。
「くっそう! 小僧め」
 シタダミはまるでからかうようにハマクグを翻弄する。ハマクグは疲れて肩で息をし始めた。
「ぎゃ」
 ハマクグが悲鳴をあげた。太刀を落としてうずくまり低いうめき声をあげている。シタダミの飛苦無が右腕を貫いたのだ。
「次は左」
 肩、膝、足首とシタダミは次々と狙い、正確に飛苦無はハマクグの四肢をさし貫いていった。
「や、やめてくれ。わかった。わしが悪かった。兄上を暗殺させたのはわしだ。許してくれ!」
 血に染まりながらハマクグは罪を認め、哀願した。けれどシタダミは無表情に飛苦無をかまえている。
「次はどこにしようか……」
「シタダミ。やめて!」
「母さん。どうして」
 振り向いたシタダミの顔は青ざめて冷たい目をしている。シノノメはこれが我が子かと疑いたくなるほどつらくなった。
「お願い。憎しみで人を殺さないで」
「でもこいつは父さんを殺したんだ!」
作品名:綿津見國奇譚 作家名:せき あゆみ