綿津見國奇譚
「いえ、そんなもったいないお言葉。わたしなど、ムラクモさまにはとうてい及びません」
「謙遜するでない。それより、知らせることがあってわたしはこうして幻影をみせているんじゃ。まもなくハヤト族の追っ手がここに来る。邑を捨てて立ち去れ!」
「え? ハヤト族が?」
三人は驚いて叫んだ。
「おいらたちが、ここに逃げてきたのがわかったのかな」
「さよう。おまえたち二人を捕らえにくるんじゃ。勇者だということがわかって、ハヤト族の味方にしようと、もくろんでいるのじゃ」
「冗談じゃないよ!」
ホムラは叫んだ。家族を殺されたホムラにはとうてい許すことの出来ない相手だ。ホムラは怒りで体を震わせている。その気持ちがグレンにはよくわかった。
「そうだ。ぼくらクシナダ族は、ハヤト族に追われたんだ。他の部族の人たちだって苦しめられてる! ぼくらは平和のためにハヤト族と戦うんだ!」
このグレンの言葉に、父ツムカリは息子の成長を感じてうれしくなった。七才の時この地に逃れてきてから、どこか屈折していたグレンだが、勇者として目覚めた今、生まれつきの正義感が表面に現れたのだ。まっすぐな目をしたグレンを、ツムカリはたのもしく思った。
「よう言うたな、グレン。ツムカリ殿、そなたはいい息子をもったの」
それからツヅレ婆は、ツムカリに詳しいことを指示して消えていった。
トヨ族の邑はにわかにあわただしくなった。ツヅレ婆の予言で、ハヤト族の襲来が告げられたため、みな邑を捨てて逃げ出すことになった。ツムカリに導かれて、トヨ族の邑人たちは、病人や老人をいたわりながら、予言された土地へと逃れていった。
グレンとホムラは、邑人たちの最後尾につき、ハヤト族の追っ手にそなえていた。