小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
せき あゆみ
せき あゆみ
novelistID. 105
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

鬼むすめ

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
昔、ある村の地主の家に、美しい双子の姉妹がいました。
 二人の顔立ちはよく似ていましたが、妹のキクの額には小さな瘤がありました。それがまるでつののようにみえるので、村人はキクのことを、「鬼娘」と呼んでいました。
 けれど、キクは気だてがよく、誰にでも親切なので、みんなから好かれていました。
 そして信心深く、毎日欠かさず観音堂に行って、家族や村人達の平安を祈っていました。
 一方、姉のユリは気位が高く、表向きは穏やかなふりをしていましたが、村人をバカにして外に出ることもほとんどなく、家の中で機織りをして過ごしていました。
 二人が十七歳になったとき、村に流行病が広がり、両親もかかってしまったのです。
 キクは観音堂でいっしょうけんめい祈りましたが、その甲斐なく、両親は亡くなってしまいました。
 それでも二人には両親の残した財産がたくさんありました。
 それに、ユリの織る布は、市場に持って行くと高く売れるので、取引を申し込む商人がつぎつぎと訪れました。
 また、キクは野良仕事に精を出したので、暮らしぶりは以前と変わることなく、いえ、それ以上に日々豊かになっていました。

 両親が死んで、三月ほどたったある日、ユリはキクを呼んで言いました。
「いいこと。あんたはこれから使用人よ。馬小屋の隣の納屋で寝なさい」
 姉の冷たい言葉に、キクは耳を疑いました。けれど、言うことを聞くしかありません。
 なぜなら、両親の形見を整理していたときに、キクはユリが生まれた日に、父親が観音堂から拾ってきた赤ん坊だという書き付けがでてきたからです。二人とも顔立ちはにていても、赤の他人でした。
 もっとも、両親が書き残した言葉は、実の姉妹として、仲良く助け合って生きていくように、というものだったのですが。
 ユリはキクの額の瘤が嫌いでした。ですから、他人とわかったとき、これ幸いと身分を分けることにしたのです。
 キクは、それまで育ててくれた両親への感謝の気持ちから、ユリの仕打ちを黙って受け入れました。
 
「キク! お風呂を沸かしてちょうだい」
 甲高い声で家の中からユリが呼びます。外にいたキクは急いで家に戻りました。
「姉さま。お風呂は夕方にしてくださいな」
「いいえ、わたしは今はいりたいの。さっさと水を汲んでおいで」
 まだ日は高く、農作業が一番はかどるときです。ちょうど田植えの時期でしたので、農民は猫の手も借りたいほど忙しいのです。
 キクは少しでも小作人をねぎらおうと、苗を運んだり、お茶やらにぎりめしの支度をしていたのでした。
 しかたなく、キクはまかないを他の者にたのみ、桶を担いで川へ行き、何度も往復して湯を沸かしました。
 ユリは当然のように湯船につかり、キクの苦労など知ろうともせずに、ざぶざぶと無駄に湯を流して体を洗うのでした。
 夕方、汗だくになったキクが、つかれた体をいやそうと風呂を使おうとしても、もう湯はほとんど残っていませんでした。
 キクは愚痴ひとつこぼさず、残った湯を上手に使って、体を洗いました。
 その間にも、ユリはおなかが空いたと言って、夕飯をせがむのでした。
 ユリの食べる物は、白いご飯に焼き魚と煮物と漬け物。そして汁と決まっていました。
 一方、粟と稗しか食べなくても、キクは華奢な体に似合わず、力がありました。男衆にまじって仕事をしても、決してひけはとりません。そればかりか、キクの明るい笑顔は村人を和ませるのでした。
 
 ある日のこと、ユリの美しさの評判を聞いた殿様が、城から使いをよこしました。
 ユリは自分が織った中で、一番最高の布を選んで着物を縫うと、それを着て、お城へあがりました。
 白い透けるような肌と、淡いうす桃色のほお、赤い唇。筋の通った鼻と、ぱっちりとした黒い瞳。光り輝くような美しいユリに、殿様は息をのみました。
 そして、即座にユリを自分の妻として迎えることに決めたのです。
 その祝言の日。国中を上げて、祝いの宴が催され、まるで祭りのような騒ぎは三日三晩続きました。
 ユリが輿入れしたとき、キクは下女として一緒にお城に上がりました。
 キクは下働きとして、朝から晩まで、コマネズミのように働きました。
 はじめは瘤を気味悪がって、近寄らなかった下働きのものたちも、次第にキクを慕い始めました。
 不思議なことに、キクがいる場所はまるでお日様が当たっているように心が和んで、みんなが気持ちよく働くことができたのです。

 奥方になったユリは贅沢の限りを尽くしました。食べるものも着るものも日本一のものをのぞむようになり、いいなりの殿様はお金を湯水のように使いました。
 そのため年貢も年々あがり、百姓の暮らし向きは悪くなるばかりでした。
 ある年、飢饉が国中を襲いました。
 日照りは続き、川の水は干上がり、田んぼのイネはすべて枯れ果てました。百姓は草の根っこを掘って食べるありさまです。
 なのに、ユリはたくわえておいた米を自分だけが食べて、百姓に分けようとはしません。
次々に餓死するものがでました。
「奥方さま、どうか少しでも百姓にお米を分けてやってください」
 思いあまったキクは、ユリにたのみましたが、聞き入れてくれません。それどころか、
「わたし、お風呂に入りたいの。おまえ、温泉をさがしてきてちょうだい」
と、無理難題をふっかけたのです。
 キクはとぼとぼと歩いて山の奥へ入っていきました。川は干上がり、木々も草も枯れ果て、荒れ野になっています。
 あちこちに動物の死骸もころがっています。
 キクは動物たちを土に埋めてていねいに葬ってやりました。
 日暮れごろ、とうとう国ざかいまで歩きましたが、岩がゴツゴツしているばかりで温泉など湧き出ていません。キクは途方に暮れて泣き崩れました。
「観音様、観音様。どうか、わたしに力を与えてください。村人は次々と死んでいきます。姉の心は石のようにかたくなで……。でも、見放すことはできません」
 キクの涙が、岩のくぼみにぽつぽつと落ちました。その時です。
 涙の雫が見る間にくぼみいっぱいにたまり、あっという間に深い緑色の池になったのです。
 キクは夢ではないかと、そっと手を入れてみました。
「まあ!」
 くぼみにたまった水は、こんこんとわき出る湯泉にかわっています。
 キクはそのお湯で汚れた顔や手足をあらいました。すると、角のようなこぶがぽろっと落ち、そのとたん、キクは自分が何者なのか、思い出したのです。
「ああ、わたしは許されたのですね」
 キクは天を仰いで、つぶやきました。そして急いで城に戻り、湯泉にユリを連れてきました。
「姉さま。この温泉にはいってください」
 ユリはねぎらいのことばも、礼も言わず、当然のように温泉に浸かりました。
「あああ〜」
 たちまち、ユリは悲痛な叫びをあげました。そして、急いで湯から上がると、キクの前に跪いてわびました。
「わたしはなんと愚かな人間だったことか。鬼はわたしだった。キク、許しておくれ」
 キクはほほえむと、やさしくユリを抱きしめ、思い出した自分の身の上を話しました。
「わたしはあなたの良心です。このままではあなたは地獄に堕ちるばかりでなく、ふたたび人間として生まれ変わることができなくなるのです」
作品名:鬼むすめ 作家名:せき あゆみ