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ツカノアラシ@万恒河沙
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異人館

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箱庭に設えたような作りのある町の奥まったところに、オテル・エトランジュと云う名の奇妙な建物がある。
オテル・エトランジュは、『ホテル』と名こそ付いているが、その昔ホテルではあったが現在はアパートになっている。
オテル・エトランジュは、五階建ての古風な煉瓦造りのアパートである。オテル・エトランジュは、まどろみに包まれたような町の奥まった最も深き場所にある。たどりつくのは、時として容易であり、また時としては容易でない。昼下がりに、まどろみの中で燕尾服を着た白い兎を追いかけるかのようで、まるでひねくれた悪夢のような町である。石畳の懐古趣味溢れた町並み。白い路上に、黒い猫がにゃあと鳴きながら横切って塀の影に溶ける。タールのように溶ける、溶ける、溶ける、溶けた。坂道には白い日傘がくるくると廻っている。眩しい日差しが容赦なく路上に照り付けていた。
ある晴れた日のこと。
『空き室あります』
何を思ったのか、オテル・エトランジュの二階の窓に入居者募集の木札が吊り下げられたのは、五月も末のことだった。からん、からん、からん。風に揺れて、木札が音を立てて揺れていた。からん・からん・からん。小うるさい程、音を立てている。
からん、からん、からん。
木札がどことなく間抜けな軽い音を立てながら揺れていた。揺れていた。しかし、空き室を借りようとする酔狂な輩はなかなか現れない。掲げた場所が悪いのか、ただ単に借りようと思うヒトがいないのか、はたまた誰も気がつかないのか。六月に入っても、木札は風に揺れていた。
からん、からん、からん。
オテル・エトランジュは、1フラットにつき二部屋。合計十部屋あるはずだが、住人が住んでいる部屋はその半数にも満たないらしい。どうやら、持ち主である人物が貸す気がないらしい。それなら、何故ゆえ今回は一室だけ貸す気になったのか良く解らない。何か裏があるのか。それともただのきまぐれなのか。
オテル・エトランジュの所有者は、小悪魔と呼ばれる年端も行かない少女だとも、少年とも言われている。どこかの名家の末裔に連なっているとも、はたまた年月を経た魔物であるともまことしやかに云われている。ただ、見た目は年端の行かない人物であることは
確かなようであるが、正体不明と云っても、差し支えない。
作品名:異人館 作家名:ツカノアラシ@万恒河沙