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その扉を開けたら

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◆狭山はじめ、夜の街に叫ぶ。



「狭山さん、残念ですが…来月からこういうことになりました」
「……は?」
目の前に出された一枚の紙を見て、一瞬ポカンと口を開けてしまったと思う。
その紙に書かれた一文を見て、ワタシこと狭山はじめ27歳、今までに経験したことのない感情をいま経験している。
その一文には、こう書いてた。

解雇通知書

応接室の少し低いテーブルに置かれた白いA4の紙切れが一枚。半分放心状態のワタシ。

そして向かいのソファには、少してっぺんが禿げかけてる課長と、なにも言わずにただ座ってるだけの部長。

お昼が済んだ後、ちょっと来てくれといわれて着いてきたら、いきなりこういうことになっていた。
残念って、こいつら何が残念なんだろう。
てゆうか、ワタシが一番残念だっての。
「…えっと…これはどういうことですか?」
とりあえず、そう聞いてみた。
大学を卒業してからずっと働いていたこの会社…正直クビになるようなことをやらかした記憶は無い。
部長がちらっと課長を見る。
これは、お前から話せよというサインだ。
「うん。実はこの不況で我が社でも人件費を抑えることになってね…そこでうちの部署からも何人かこういう通知を出すことになった」
ゴホン、と咳をひとつして課長が言った。
「そんなわけで、だ。非常に残念だが…最終的に、君にこういう処分が下ることになった、ということだ。申し訳ないとは思うけど、来月から君、会社に来なくて良いから、他にいい会社を探しなさい」
課長がワタシに提示したのは、全部で5つ。
・来月から会社には来なくて良いこと。
・でも、その分の給料は保証すること。
・雇用保険は会社都合で出すこと。
・この話は他の社員に一切口外しないこと。
・有給休暇は今月中に取得すること。
この話を聞いている間、頭のなかで今後のことをシミュレートしているワタシがいた。
これからどうしよう…てゆうか、再来月末にアパートの更新があるのに。
この間のバッグは?あれボーナスあてにしてちょっと奮発したのに。
正直、自分がどういう顔をしていたのかわからないけど、きっとものすごい顔をしてたんだと思う。
「狭山君、聞いてるのかね?」
ずっと黙っていた部長の声がした。
「聞いてないわよ!」
思わずそう叫んでいた。
「部長、とりあえず彼女に話すことは話しましたし、もう行きましょう」
横でうろたえる課長の声がして、ワタシはようやく二人の顔を見た。
「少し一人で考えたいこともあるだろうし、狭山さんはしばらくここにいていいから」
そう言い残して二人がいなくなる。
はぁ…っと声が出る。
ヤバイ泣きそうだ。
ワタシがいったい何したっての?
面白くもない仕事をして、まわりに笑顔で書類を渡し、毎日頑張ってたじゃない。
正社員だったのに……なんでクビなわけ?
「あーもう!やだ!」
ひとりきりの応接室で叫ぶ。
目の前の書類をもう一度読んでみたけど、何度読んでも書いてあることは変わらない。
泣いたり叫んだりしても、こういう書類ができてしまった以上、今更どうしようもないんだろうと思う。
これからのことを考えよう、ワタシはそう思いなおした。

「まずは今日飲みに付き合ってくれる相手、探さなきゃ…」
そしてワタシはポケットに入っていた携帯電話のアドレスボタンを押した。

      ****

新宿には何千という居酒屋があるけど、何年も同じ場所で続けれいられるお店はとても少ない。
でも、ワタシたちが贔屓にしてるこの≪百個屋≫というお店は、ワタシが大学生の頃から変わらずこの場所で営業している、数少ないお店のうちのひとつだ。
「はあ?で、アンタおとなしく会社クビになっちゃったわけ?この不況の時代に!?」
賑わう店内にでかい声が響く。
この声の主の大田絵里とは、大学のときからの悪友だ。
「ちょっと、あんまり大声でクビとか言わないでよね…」

平日にいきなり飲みに行こうだなんて誘われて、実は今日クビになった、なんて言われたら、こんな大声になるのは仕方ないことかもしれないけど。
絵里は大学の頃から起業思考が強くて、今は不動産関係の会社を経営している。普通のOLは平日休みの人なんていないから、こういう平日休みが取れる友人はとても貴重だ。
「仕方ないじゃない、クビって言われちゃったらどうしようもないよ」
「でもさ、もうちょっと何か言うこともあったでしょうに。なんでゴネなかったのよ?」
ゴネるも何も、とりつく島もないのに、どうすれっていうのよ。
「こうなっちゃったらもう仕方ないよ。新しい道を探すわ」
再来月のアパートの更新にあのバッグの支払い…まだどうしようもないけど。
「新しい道ってアンタ、次の仕事とかまったく見通し立ってないんでしょ?」

「ウン」

今日の昼にクビを宣告されてそのまま会社を早退してこの店にきたのに、当然見通しなんて立っているはずがない。
「あーもーどうしよ」
カウンター越しに百個屋のマスターがちらりとこっちを見た。複雑な顔をしてる。
「んー、はじめができる仕事ねぇ」
絵里の口元がへの字になる。
ワタシの方がよっぽどへの字になりたい。
「てゆうかさ、正直言って今クビになると困るのよ。アパートの更新だって再来月にはお金払わなきゃいけないし、この間買ったバッグだって、まだ一度もお金払ってないんだもん」
「アンタまたそんな無駄遣いして…」
無駄遣いじゃない、自分へのご褒美だったの!
ここで反論しても仕方ないので、無言で芋焼酎をぐいっと飲む。
これでもう9杯目だった。
会社を早退してから絵里の仕事が終わるまでの間、ずっと一人で飲み続けてたから正直そろそろ限界だったけど、今日は酔っぱらってゲロゲロ吐いてもいいと思った。
「はじめちょっと飲みすぎじゃないの?」
絵里もワタシの様子に気づいたのか、ちょっと心配そうに言う。
「いいの、今日くらい酔っ払ってもいいでしょ!」
「アンタ私と飲むときいっつも酔っ払ってるじゃないのよ」
でもこんな酔い方はしないもん。
「マスターおかわり!」
ぐいっとグラスを開けて、もうひとつ同じのを頼む。
「はじめちゃん、そろそろ止めときな」
マスターがグラスを磨きながらたしなめたけど、ワタシは今日飲みたい気分だった。
「いいから、おかわり頂戴」
「狭山さん、とりあえずこっち飲んでからね」
と、バイトの女の子がお水を持ってきてくれた。やさしい。

「ちょっと、お店に迷惑かけないの!アンタ飲みすぎ」
絵里も眉をひそめてワタシをたしなめた。
だって、飲まなきゃやってられないじゃないさ。
「あーもー、アパートの更新料どうしよう。貯金だってこの間の海外旅行でパァだし」
大体、日本の賃貸住居文化っていうの?更新料ってなんなのよと思う。
敷金はまだ分かるけど、更新するのにお金が必要ってホント意味不明。

……結局その日は、だらだらと夜中まで浴びるように酒を飲んだ。
もちろん私だけ。
終電間近だからと百個屋を出たのはいいけど、フラフラだった私は結局家に帰れないだろうということで新宿駅から徒歩十分の絵里のマンションに泊まることになった。
帰り道、フラフラ歩く私の手を取りながら二人とも無言だった。

「あ!」
作品名:その扉を開けたら 作家名:ろし子