【勾玉遊戯】one of A pair
ACT,1
かきくらし 降る白雪の 下消えに
消えてものおもふころにもあるかな
☆
――ここ……だよね。
篠崎湖珠は、朱い鳥居を見上げた。
それは湖珠にとっては見慣れない、装飾のない鳥居だった。ただ四本の丸太を組み合わせただけの、神明鳥居と呼ばれる要式である。
神社の名は、皇 神社、と聞いていた。
噂を知ったのは、高校生の時。湖珠は、この付近にある私立の女子高校に今年の三月まで通っていた。
――ねえねえ、ウチの学校の裏山ンとこ、神社あるでしょ。あの、公園みたいになってる緑地ンとこ。おっきいヤツ。
――あっ、知ってる知ってる。神主さんでしょ!
――そーそー。凄いんだって。何か、なくしたものとか、見つけてくれたり。
――お秡いとか。近所で有名なんでしょ?
――ええー。うっそ。それ、本物お?
――うっさんくさー。ヤバイよそれ。
――どんな爺さんなのよお。おっさん?
――違う。男の人だってよ、若い。
――三組のノリが見たって言ってたよ。なんか、むちゃくちゃ綺麗なんだって。
――きれいィー? 男があー? なあにそれ気色悪ぅー!
――でさ、占いみたいなことすんの。当たるんだってサ。
――こわァ。呪いとか、頼むとやってくれたりして。
――うっそ。危ないんじゃん。ソレ。 クラスメイト達の、ちょっとした、
たわいのない話だった。そのときは、湖珠だって気にも止めていなかった。考えてみれば随分と無茶苦茶な話だったし、噂話が面白可笑しく脚色されて、挙句の果てに暴走したとしか思えない代物ではないか。
当時は、確かにそう思って、遠巻きに戯れる級友たちを見ていたものだ。
けれど、今の湖珠には――。
噂話の真偽など知らない。でも、もうそんな噂にでも、縋るしかない。
晩秋――。
目をすがめて見上げる夕暮れの西の空は、赤いセロファンを張りつけたように鮮やかだ。
影絵のような鳥居の向こうの秋空を見遣り、湖珠は軽く唇を噛んだ。
大丈夫かな……。大丈夫、よね……。
それは篠崎湖珠の本当に最期の――一縷の望み、だった。
☆
石造りの階段を数段上り、鳥居をくぐる。
まっすぐのびる参道の向こうに、狛犬。拝殿と神殿が見えた。
そして紅の空の下、藍色の薄闇に没みかけた境内に浮かぶ――白い人影が在る。
作品名:【勾玉遊戯】one of A pair 作家名:さかきち@万恒河沙