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城塞都市/翅都 40days40nights

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 まっとうな取引かそうじゃないかは別にして、人がお金をやり取りするところなんて、あんまりじっと見てはいけないものに違いない。はっとしたわたしは、慌ててイーシュアンの背中を盾にして何も見ていなかったふりをしてみたのだけれど、次の瞬間ものすごく嫌そうに顔をしかめたイーシュアンに腕をひっつかまれ、よりによっておばあちゃんの目の前に押し出されてしまったのだった。
「引っ掛けたワケじゃねーよ。こいつ、ミハイルの妹。ジョシュアの命令でお守してやってンの」
「ミハイルの?へーぇ、妹が居るとは聞いてたけどねぇ。こんな可愛いコだなんて知らなかったよ。アンタ、あんなかわいそうな顔面の兄貴に似なくて幸せだったねぇ?……ああ、そういやミハイルは」
 枚数を数え終えた札束を古風なレジスターの中に閉まったおばあちゃんは、カウンターの下からいかにもこんなお店のマダムにふさわしい、朱塗りで持ち手の長い煙管を取り出すと、女神が松明を掲げている置物の形をしたライターで火をつけた。
 カウンターに備え付けの一本足のスツールに腰を下ろし、吸い込んだ煙を細く吐き出しつつわたしに笑いかけてから、ふと顔をしかめる。その唇からぽろりとこぼれ落ちた兄さんの名前に、思わず札束のことを忘れたわたしが肩を強ばらせるのと、イーシュアンがぽんとわたしの頭に手を乗せるのとが、ほぼ同時だった。
「――……ボロい汚い狭苦しいの三重苦に、店主が空気も読めないクソババァじゃ、この店もいい加減おしまいだなぁ?」
「うるさいね。ちょっと口が滑っちまっただけじゃないか。まったく、アタシとしたことが野暮なこと聞いちまったもんだよ。忘れとくれ」
「そうするよ。ああ、そんなことより、コイツ絡みでちょいと頼みがあんだけどさ」
 イーシュアンが言って、おばあちゃんがしかめっ面でため息をつく。もしかして、会話が兄さんが死んだことについて触れないように助けてくれたのかな、と思ったけど、見上げたイーシュアンは、わたしのことなんかやっぱり見ちゃいなかった。
「頼み?言っておくけど、ツケはなしだよ」
「いや、金ならジョシュアに貰ってっから……ええと、だな」
「なんだい、お前さんらしくもない。はっきりお言いな」
 さりげない調子で話題を変えてくれたイーシュアンは、けれど次の言葉を妙に言いにくい様子で、らしくもなくもごもごと口ごもった。
「男らしくないねぇ」なんてしかめっ面をしたおばあちゃんに煙草の煙をフッとふきかけられ、わたしの頭に置いた方の手とは逆の手でそれをぱたぱたと追い払いつつ、ぐっと唇をかみしめて嫌そうな顔をしていたのだけれど、やがてあきらめたみたいに肩を落とす。
「まぁ、その、なんだ……下着、見立ててやってくんねーか、コイツに」
「は?下着?下着って、あれかね、ブラだのパンティだのってアレかい?この子の?」
「女の下着ったら他に何があんだよ!つか俺に確認すんじゃねえよそんなことを!!」
 台詞に、おばあちゃんが目をまん丸にして聞き返し、答えたイーシュアンが怒鳴った。びっくりして見上げたイーシュアンの顔が見る見る内に耳まで真っ赤に染まっていけば、次の瞬間おばあちゃんがぶはっと大きく煙を吹き出す。
「あーっはっはっはっは!何を口ごもってるかと思えば、そう言う……!」
「うるせぇ!笑うなこのクソババァ!いいからさっさと選ばせろったく、人に恥かかせやがって……!」
 鼻と口から盛大に煙を吹き出したおばあちゃんは、げらげらとカウンターを叩きながら、そりゃもうものすごい大笑いをした。
 多分恥ずかしさに耐えきれなくなったんだろう。イーシュアンが両手で自分の髪をかきむしりながら喚くと、ようやっと笑いを納めて立ち上がる。
「おやおや、可愛らしいこと。アンタにもそんなウブな面があったなんて驚きだねぇ……そうだ、どうせなら自分の選んだ下着を着せておやりよ。そっちの方が脱がせがいがあるんじゃないのかい?」
「ど、どいつもこいつも同じこと言いやがって……いい加減にしねぇと撃ち殺すぞ、ババァ」
 相変わらず真っ赤な顔をしたイーシュアンに睨まれたところで、おばあちゃんは特に気にした様子もない。「おお怖い」なんて口先だけで嘯いて、喉に絡んだような笑い声を漏らしながらバックヤードとの仕切のカーテンをめくると、おばあちゃんはおいでおいでとわたしを怪しい手招きで呼んだ。
「じゃあお嬢さん、奥にどうぞ。あんたは運がいいよ。丁度人から頼まれてたものがあって、エデンの有名メーカーが廃棄したアウトレット品を、大量に仕入れたばかりでねぇ。今なら卸値で色柄形となんでも選びたい放題さ。さて、あんたの好みはどんなだろうねぇ?」
 とん、とイーシュアンに背中を押されて、おばあちゃんが待つカウンターへと、一歩足を進める。
 色だの柄だの言われたところで、そんなのは気にしたこともないのでよく分からない、と言おうと思ったのだけれど、生憎今のわたしでは無理なことだった。
 今まで気にしたこともなかったけど、喋れないってものすごく不便だ。っていうか、文字の読み書きもできないわたしが声を失くすって言うのは、本当にいろんな意味で致命的だ。
 こんなことになるなら、せめて文字の読み書きぐらい誰かに習っておけば良かった。なんだか情けなくなってわたしがため息をつくと、それを聞きつけたイーシュアンが思い出したようにおばあちゃんへと顔を向ける。
「ああ、そういや言い忘れてたけど、こいつ、喋れねぇから」
「喋れない?なんだい、病気かなにかなのかね」
 言いながらイーシュアンがわたしの頭をごつっと小突いて、おばあちゃんは首を傾げた。
 なんて言うか、まだほんのちょっとしか一緒にいない上、よく知りもしない人のことを悪く言いたくはないし、喋れないって伝えてくれたのは有り難いのだけど、ありがとうと思う気持ち以上に、言い方や仕草が本当に乱暴な人である。頭を叩かれるのは今日だけで二度目だと、わたしが小突かれた頭を抱えて思わず睨むと、イーシュアンはへらっと嫌な感じに微笑んで、ひらひらとわたしの視線をごまかすように指先を振った。
「一時的なもんだって、医者は言ってたけどな。あと字も分かんねーらしいから、値札のゼロの数ごまかしたりすんなよ……まぁ目と耳は達者みてぇだからさ。とりあえずはなんでも好きに見せてやってくれ。ほら、お前もそんな人のこと睨んでないで、さっさと行って来いよ」
「おや、太っ腹だこと。解ったよ、自由に見せりゃいいんだね」
 頷いたおばあちゃんに「さっさとおいでな」と急かされ、イーシュアンには背中を押されて、おっかなびっくりカーテンの内側をのぞき込めば、そこは薄暗いお店よりもっと暗く、窓もない空間で、目を凝らしても暗闇に阻まれてほとんど何も見えなかった。
 あまりの暗さに下手に動くこともできなかったので、一歩入ったその場所でそのまま立ちすくんでいると、わたしの後からカーテンを閉めてやってきたおばあちゃんが壁に手を伸ばし、ポンと電気のスイッチを入れる。