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深川ひろみ
深川ひろみ
novelistID. 14507
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挽歌 - 小説 嵯峨天皇 -  第一部

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「本日はあいにくと長官が出仕致しておりません。ですからもし何かございましたら、わたくしの方までお申しつけくださいませ」
「今日は、用というほどのことはないんだけど―――じゃあ、何か推薦の詩文はあるかな」
「詩文でございますか」
「少し気分転換をしたくて」
 岑守は軽く顎を撫でる。
「豪快なもの、雄大なもの、清澄なもの、悲愴なもの、幸福なもの。様々にございますが、どのようなものをお望みですか」
 神野はちょっと首を傾げる。
 むしろこういう場面においてのほうが、年相応の少年らしさを見せる神野である。
「清澄なものがいいかな。気持ちが落ち着くような」
「常建はお好きですか」
「ん……昔手習いの手本の中にあったような気がする。でも、あまり昔のことだから。読んでみようかな」
「それなら、こちらへ」
 岑守は神野を促し、先に立って歩き始めた。目的の棚に着くと、彼は台に上って一本の文巻を取り出し、紐を解く。中身はもちろん漢文だが、読み下すと次のようになる。


       宇文六を送る

     花は垂楊に映じて漢水清く
     微風 林裏 一枝軽し
     即今 江北 還た此の如し
     愁殺す 江南 離別の情


 時は春、くれないの花はしだれ柳の緑に光を投げかけ、漢水の流れも澄んで清らか。そよ風が吹くと、林の中で、一枝の花が軽く揺れ動く。
 そんの風景の中で、友人宇文六を送る。
 今、江北の地方でさえも、こんなに悩ましい春景色だ。そしてあなたは、より悩ましい江南の地へと旅立ってゆく。そう考えると、わたしは離別の情に耐えかねて、深い愁いに沈むのです。

          ☆

 いつもそうするように、神野は二、三の詩に目を通すと、
「これ、いいかな」
と言った。借りていっても、という意である。岑守は微笑する。
「はい。もちろん。他にも、何かお探ししましょうか」
「いや、今日はこれだけでいい。ありがとう」
 先刻の元服の挨拶の際よりも心から礼を言うと、岑守は恭(うやうや)しく頭を下げる。
「また御用の折は、なんなりと」
「うん。ありがとう」
 もう一度礼を言って、神野は御書所を後にした。